“Entrepreneur behind entrepreneurs”ー現役キャピタリストが語る仕事の醍醐味とVC産業の未来
起業が盛んなアメリカにおいては、投資家を「起業家の背後にいる起業家(entrepreneur behind entrepreneurs)」と表現することがある。起業家の数が着実に増え、エコシステムが成熟しつつある日本では、まだまだ投資家の数が足りていないのが現状だ。
グロービス・キャピタル・パートナーズの今野穣、福島智史はともに転職を経てキャピタリストに転身している。キャピタリストの仕事について「日本の経済成長に寄与する使命感を持っている」(今野)、「『色のない資金』を『意志のある若者』に渡すことでもある」(福島)と両氏は語る。今回は二人に、大成するキャピタリストの共通点、投資家としての仕事のやりがい、そして業界の展望まで現役投資家にしか分からない裏話を幅広く伺った。
(インタビュー:長谷川リョー)
大成するキャピタリストに共通する4つの項目:WHY, LOVE, ENERGY, WAY
ーーまず初めに、「キャピタリスト」に求められる素養をお伺いできますでしょうか?
今野穣(以下、今野):あくまでも私見ですが、大成するキャピタリストの条件を下記にまとめてみました。まず大上段で問われるのは、大義を持っているか否かです。
今野:というのも、キャピタリストの仕事は成果が出るまでに時間がかかるので、しばらくは困難な経験することが多い。最初の辛い時期を乗り越えるために、「自分はなぜキャピタリストなのか?」と立ち返る理由を持っている必要があります。
(写真、左から)今野穣、福島智史
福島智史(以下、福島):項目の①で挙げられている“3つの「LOVE」”も必須条件です。②の“3つのENERGY”は後天的に養える能力でもありますが、キャピタリストに求められる素養の一つ。キャピタリストの仕事では誰かから与えられる決まった課題がないので、「何をすればいいのか?」と自ら考え行動できる自走力が重要になります。「解に対して当てはめていく」というよりも「自ら正解を作っていく」ところが特徴です。
今野:③の“3つのWAY ”は備えているとなお良しといったところでしょうか。長く成果を残し続けている先輩キャピタリストの共通点です。
福島:個人的にもう一点付け足すなら、「メンタルフルネス」でしょうか。うまくいっているときも、困難の渦中にいても、ぶれないメンタルスタビリティを持っていられたらよいですね。
キャピタリストの仕事は「10社の中から1社に投資する仕事」だとよく言われます。逆をいえば、「自分が可能性を感じた10社のうち、9社には投資ができない仕事」でもあります。周囲に惑わされず、自分の意志決定を信じきる力が求められます。
キャピタリストの仕事とは「色のないお金」を「意志のある若者」に渡すこと
ーー上記の話を踏まえると、ある程度の社会人経験が必要な仕事と考えてもよろしいでしょうか?
今野:そうですね。我々のような、機関投資家から大きな額をお預かりした上で、積極的に投資先支援にコミットする投資家は、基本的に投資先の社外取締役になるため、一定の社会人経験が求められます。新卒入社した投資家が、会社の責任の一端を負えるかといえば、やはり厳しいですよね。ファーストキャリアやセカンドキャリアで、ある程度実績を残した30代前後の方が投資家に転身するケースが多いと思います。
ーーそうした実績があれば、以前身を置いていた業界は関係ないのでしょうか?
今野:弊社は現状、結果的にコンサルティング出身、もしくは銀行出身が多いですが、特に関係はありません。むしろ今後はキャピタリストのバックグラウンドは多様化していくと思います。かつてはベンチャー企業の経営を熟知していることが求められましたが、そうした知識もすでにコモディティ化しています。むしろ、ある分野のスペシャリストである方が相対的に価値があるのではないでしょうか。
ーー投資家に求められる素養は、ある種起業家に求められる能力に近いような気がします。
今野:起業が盛んなアメリカでは、投資家を「起業家の背後にいる起業家(entrepreneur behind entrepreneurs)」と表現します。結局、アントレプレナーシップを持った起業家と伴走するには、投資家にも負けず劣らずアントレプレナーシップが求められるのです。
ーーちなみに、お二人はなぜキャピタリストを志されたのでしょうか?
今野:コンサルティング会社時代に大手企業のクライアントの方々とお仕事をさせて頂いたのですが、そのほとんどが時代的な要請もあって、コスト削減系のプロジェクトでした。成長戦略が必要なタイミングで。そこで、次のキャリアでは「日本株式会社」の成長にコミットしてみたいと思っていました。
また、僕の大義にも関わるのですが、自分の価値観とインターネットとの相性がとてもよかった。そもそも「情報の非対称性」や「既得権益」と言う言葉に強いアレルギーを感じていました。そうした感情を抱き始めた頃に、インターネットによる民主化が起こり始めました。「誰もが情報にアクセスできるようになれば、この非対称性が解消するのではないか」と思ったんです。
キャリアの選択肢に悩んでいたとき、ある先輩の投資家の方に「今野は投資家に向いている」とアドバイスをいただきました。大学時代のサッカー部の先輩なのですが、その当時の自分を見てリーダーシップと逆境耐性があると判断してくれたんです。
福島:私の場合は、大義というよりも“Why”ですね。以前勤めていた投資銀行では、尊敬する「意志を持った方」の多くがベンチャーに転職してしまいました。散り散りになってしまった先輩方と再び仕事をするには、彼らのハブになる仕事をする必要があります。
また、前職は決められた枠組みの中で無差別曲線を描くような、極めて合理的な仕事をしていました。ただ、合理的な仕事は誰にでもできるんです。
一方で、社会を変えようと奮闘する起業家は、ときに非合理な選択を迫られることも少なくありません。無差別曲線を描くことは誰にでもできても、どこにその曲線を描くかを判断するのは、起業家の意志による部分が大きい。お金や人材、知恵など経営に必要なリソースは、そうした非合理な判断ができる人に集まるべきだと思っています。キャピタリストは、色のないお金を、意志のある若者に持っていける仕事であることにも魅力を感じました。
キャピタリストの仕事の醍醐味は“生きている感”。起業家とともに歩む道のりは“波乗り”のよう
ーーキャピタリストをしていて、仕事にやりがいや楽しさを感じる瞬間を教えていただけますか?
今野:キャピタリストにしか成しえない課題解決を行うことで、自分の存在意義を感じる瞬間にやりがいを感じます。一つ例を挙げると、経営陣間の不和やより大きな企業との交渉事など、立ち上がったばかりのスタートアップが「自分たちだけでは解決できない課題」にぶつかる瞬間。そうした際に「社内の実情を把握した上で、中立的な視点に立ってステークホルダー間の利害調整をできる人」は、キャピタリストしかいないんですよね。
また、この仕事を継続している理由の一つに「使命感」があります。日本は世界の中でトップレベルの経済・人口規模を誇るにも関わらず、キャピタリストの人数はごくわずかです。その一人として、日本の経済やテクノロジーを成長させることにコミットしたいと強く感じます。
事業が花開くまでに、VCはキャッシュフローや組織採用等を強化するなど事業のバランスを取れるようサポートをすることが大事。起業家はプロダクトやサービスを発想し作り上げていくことの天才が多いですが、それを最速で最高に成長させるためには、組織や財務面での伴走が必要になります。弊社は投資以外にも、投資先の成長を支える支援を行っています。こうした細やかなサポートを徹底することで大きなリターンを得ることもありますし、結果として日本の経済成長に寄与できると思っています。
福島:私はキャピタリストの仕事の醍醐味は“生きている感”だと思っています。ベンチャー企業は、いわば小さな船。人材の出入りや契約の有無など、一つ一つのイベントが大きな波なので、日々大きく上下動します。その波を同じ船員としてと感じることを心がけていて、波を乗りこなしていく感覚こそが“生きている感”であり、仕事の醍醐味です。
私は、最初に担当した案件で成果を残すことができませんでした。投資先の企業が成長しなかったことはもちろん、自分の仮説が外れたこともショックですし、起業家との関係性をしっかりと築けなかったことにも落ち込みました。
しかし、関係者はキャピタリストがどのような仕事かを理解をしているので、たとえ困難な状況であっても逃げずに対応したことを評価してくれたんです。結果は出なくとも、真摯に行動したことによって信頼が増し、新しい案件を紹介してもらうこともありました。
VC業界はブルーオーシャン。あらゆる場所で投資家の存在が求められる
ーーキャピタリストの仕事は、一般にはそれほど馴染みのない職種だと思います。VC業界の現状について教えていただけますか?
今野:起業家の数は増えてきているものの、キャピタリストの数はまだまだ足りていません。日本に起業環境が根付かないボトルネックは、キャピタリストの少なさなのではないかとすら思います。
一方で、見方を変えればVCにジョインしたい方々にとってこの状況はまだまだブルーオーシャンと捉えることもできます。3年から5年は辛抱し、日々の仕事が信用残高として積まれた暁には、“神輿に担がれる感”が出てくるはずです。たとえば投資先の企業が「彼は良いパートナーだった」と周囲の人に紹介してくれることがあります。
福島:また基本的に、起業家としか接点のない仕事なので、起業家という生き物が好きであれば、起業するよりもVCの方が面白さを感じられるかもしれません。
今野:起業家は活力に溢れているので、実年齢よりも若く見えます。接するたびにこちらがエネルギーをいただくので、私たちもポジティブになれる気がします。働くこと自体がアンチエイジングになる感覚です。
昨年行ったイベント「現役キャピタリストが語るVCへのキャリアチェンジ」でも話題に上りましたが、この業界にはネガティブな意見を発する人がまずいません。起業家たちは、何としても困難を打開する「できる理由」を探すんです。競合に対してすら「こうすればいいのに」と建設的なアイデアをどんどん出す。その結果、事業にリターンがあるというヘルシーなエコシステムが機能しています。
また、他のセクターと比べても失敗に対する許容度は高いと思います。もちろん担当する全ての会社の成功させるつもりで投資をしますが、実際の確率はそう高くありません。「イチローの打率を打てば優秀」といわれる世界です。
今野:間違いなくいえることは、現在は先行者有利のフェーズにあるということです。今後、大企業がCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)を設立することもあるでしょうが、「箱は用意したが、中の人材が勝手が分からない」状態が少なくとも発生すると思います。
人事異動で人材を確保しても、当然外部からの採用が必須になるでしょう。つまり現在VC業界に身を置くことは、ファースト・ムーバーズ・アドバンテージを得られるということになります。
少し格好良い言い方をすれば、VCの仕事は「企業の新陳代謝に貢献できる仕事」ですね。CVCはレガシーな企業の新たな成長柱になる可能性があります。「トヨタの次の成長の柱は投資会社から生まれた」なんて、やりがいのある話ですよね。
福島:僕もキャピタリストになる前は、正直どのような仕事なのか分かっていませんでした。なので、キャピタリストに興味を持ったら、選考を受けに来る前に「どんな仕事ですか?」とまずはカジュアルに聞きに来てもらえたらと思います。