急拡大組織の束ね方とは?モチベーションを高める仕掛けづくり– メルカリ 取締役社長・小泉文明氏(前編)
グロービス・キャピタル・パートナーズでは、投資先および出身企業経営陣が集まる小規模勉強会を定期的に開催しています。大規模なカンファレンスではなく、密な経営者同士でQ&Aやディスカッションを行うことが目的です。
今回は2017年5月に「急拡大組織の束ね方とは?モチベーションを高める仕掛けづくり」と題して行われた勉強会の内容をダイジェストでお届けします。登壇者にメルカリ・取締役社長兼COOの小泉文明氏を迎え、大都・代表取締役の山田岳人氏がディスカッションのモデレーションを行いました。
前編では高いモチベーションスコアを有するメルカリの組織体制や制度、それを支えるバリューにフォーカスを当てながら小泉氏に語っていただきました。
(構成:長谷川リョー)
[小泉文明]
早稲田大学商学部卒業後、大和証券SMBCにてミクシィやDeNAなどのネット企業のIPOを担当。2007年よりミクシィにジョインし、取締役執行役員CFOとしてコーポレート部門全体を統轄する。2012年に退任後はいくつかのスタートアップを支援し、2013年12月株式会社メルカリに参画。2014年3月取締役就任、2017年4月取締役社長兼COO就任。
高いモチベーションスコアの根底にある、メルカリ3つのバリュー
山田岳人(以下、山田):本日のテーマ「急拡大組織の束ね方とは?モチベーションを高める仕掛けづくり」に沿って話を進めていければと思いますが、メルカリはメンバーが現在国内で450名、USで80名、UKで20名だそうですね?(2017年5月時点)
小泉文明(以下、小泉):創業から4年3ヶ月の組織ですが、メンバーの数はおっしゃっていただいた通りです。特徴的なのはその6割強がカスタマーサポート(CS)だということ。そして、具体的な数値は言えないのですが、リンクアンドモチベーション社が提供するモチベーションクラウドのスコアが全国的にみてもかなり高いんです。
山田:メンバーの6割がCSなのにも関わらず、高いスコアになっていると。
小泉:はい。カスタマーサポートは東京、仙台、福岡の3拠点にあります。しかもうちは内製主義なので、すべてのメンバーは正社員ないし契約社員です。そのため、全メンバーにストックオプションを付与しています。
山田:高いスコアの主因としてストックオプションがあるわけですか?
小泉:いえ、全然そんなことはありません。メルカリは3つのバリューを中心に据えている会社です。1つ目がおそらく最も大事にしている「Go Bold(大胆にやろう)」。2つ目が「All for One(全ては成功のために)」。そして三つ目が「Be Professional(プロフェッショナルであれ)」です。CSメンバーもこのバリューに基いて多くのチャレンジをしていることがモチベーションの高さにつながっていると思います。
(左から)小泉文明氏、山田岳人氏
山田:4年間で現在までに450名と、まさに急拡大を遂げてきたメルカリですが、どのようなプロセスでメンバーは増えていったのですか?
小泉:まずは創業期の頃の話をさせてください。僕が入社したのは創業から10ヶ月後で、10番目台の社員でした。ベンチャーではありがちなのですが、入社したタイミングのメルカリはアプリを作るプロジェクトチームのようでした。「まずはいいプロダクトを作ろう」というフェーズですね。
そこで僕は、メルカリを会社にすべくコーポレート部門を立ち上げたわけですが、まずはミッションやバリューを作ることに取り掛かりました。
山田:そこではやはり小泉さんが6年間mixiの取締役を務められていた経験が活きるわけですね。
小泉:はい。会社には当然、順調なときもあれば、辛いときもあります。サービスが伸びているときは確かに楽です。なぜなら、何もしなくてもサービスに求心力があるので、mixiのようなコンシューマーに近くてかつ、色が強いサービスであれば、放っておいてもみんなmixiが好きなんです。なので、会社として何がミッションかバリューかなど議論しなくても、事業が全てを表現してくれます。ただ、プロダクトのライフサイクルでサービスが下降し始めると、会社全体まで落ち始めます。
このときを振り返り、会社と事業は分けるべきだと思いました。僕が反省したのは会社としてのミッションやバリューの浸透を手抜きしていたこと。そこで、メルカリではまず初めにしっかりとミッションとバリューを作り、浸透させることに専念しました。
メルカリがバリューを作り込んでいったプロセス
山田:なるほど。具体的にそのバリューは誰が、どのようなプロセスで作り込んでいったのですか?
小泉:全社で話すとまとまりがなくなるので、当時の役員3人と僕の4名でまずは話し合いました。プロセスを簡略すると、主に3つのステップがあります。まずは5年後、10年後の自分たちの将来がどうなるのかを徹底的に議論し、夢を語る。将来の成功像をみんなの頭のなかで一つにするのが1つ目。これがミッションになります。
次はそのミッションをベースに、夢を達成するためにどんな行動をしたら良いのかを話し合う。バリューとなるエッセンスをひたすらあげまくっていきます。すると、だいたい5〜10のグループに分けることができます。それを事業の成功に対する優先順位に応じて、さらに3つに絞り込んでいきました。
山田:すると、バリューも順番も大切にされているということですか?
小泉:順番も大切ですね。僕らのビジネスモデルは「Winner Takes All(勝者総取り)」でかつ、グローバルを目指しているので、明らかにリスクを取るしかありません。そのため、3つのバリューのなかでも特に「Go Bold」を大事にしています。
小泉:これら三つのバリューを社内に浸透させることが最後のステップです。そこで重要になるのが「見える化」と「言える化」。この両方に効いたのが、会議室の名前をバリューにしてしまうこと。すると、放っておいてもバリューが社員のなかに吸い込まれていきます。いわば言霊になるイメージで、バリューが浸透していきました。
山田:僕らの会社大都ではコアバリューを5つ設定しており、同様に会議室の名前に使っています。ちなみに僕らはバリューを作るときに、ザッポスを参考にしたのですが、小泉さんはベンチマークにした企業などございますか?
小泉:バリュー設定に関していえば、全然ないですね。
山田:もう少し広く捉えて、組織づくりではどうでしょう?
小泉:組織や制度でいえば、ほとんど全てのIT企業は勉強しました。僕自身そもそもmixiの経営に関わっていたこともあり、日本企業はもちろんグローバルではFacebookやGoogleのようなところの人事制度はヒヤリングしたり勉強はしています。とはいえ、「この会社」というのはほとんど意識していません。それよりも各社の良いところを取捨選択して、自社に取り入れているイメージに近いです。
採用も、評価も、すべてのベースにバリューがある
山田:50〜100人規模になって初めてバリューを設定する会社もありますよね。そして、そうした会社の失敗談を聞くことも少なくありません。会社が大きくなってからバリューを設定する難しさはやはりありますか?
小泉:大丈夫だと思います。あるあるの失敗パターンとしては、経営者の想いだけで作ってしまい、事業の成功とバリューが紐付いていない場合。「これをやっても事業が成功するか分からない」といったバリューの設計をする会社は、経営者だけがバリューを向いていて、社員は白けている状況といえます。
いずれにしても早いうちからミッション・バリューを設定しておくに越したことはないでしょう。僕らの場合は採用や人事評価の段階で、バリューの観点から評価しています。
山田:採用も人事評価も一番上にバリューがあるということですね。
小泉:はい、すべてバリューがベースです。一般的な日本企業の採用においては1,000人の母集団を作り、そのなかから10人を採用するといった確率論に基づく採用のあり方がよく見られます。結構無駄が大きく、僕からすれば、10人の母集団から10人採用しいたい。ミスマッチが少ないのが良いですよね。そのためには、会社としてのブランディングなりメッセージが明確に定まっている必要があります。僕はバリューやミッションがその役割を果たすと思っています。
オウンドメディア『mercan』が、採用のミスマッチを減らしている
小泉:採用において活用しているのがメルカリの人事が運営しているオウンドメディア『mercan(メルカン)』です。『mercan』ではバリューに沿った記事をたくさん書いていて、求職者の方もこれを読んだ上で、面接に臨んでいただいています。その意味で採用のミスマッチを減らす役割を果たしてくれているのではないかと思いますね。
山田:ある意味で、メディアが一つのスクリーニングとして機能していると。とはいえ、網の目をくぐってくる人もいますよね?
小泉:採用時には3つのバリューをさらに3つずつブレークダウンした、合計9項目でまずは定量的な評価をします。当然その下に定性的なコメントも付いてくるわけですが、バリューを定量的に把握することが前提になっています。そのためバリューを意識した質問を中心に、厳しい目を持って面接は行われていますね。
山田:とはいえメルカリほどの急成長を遂げていると、業務量に対して人手が足りない場面も出てくると思います。そういう場合はどうするんですか?
小泉:合言葉は、「苦しいけど採らない」です(笑)。僕自身もそうですが、メルカリには急拡大の歴史を持つIT企業から移ってきたメンバーが少なくありません。僕らが経験しているのは、急速なペースで人を採用すると組織が崩壊するということ。なのでここに関しては、歯を食いしばって堪えようという共通認識を持てていますね。あとからバリューを浸透させるのは難しいですから。
後編では前編に引き続き、CSの高いモチベーションを保つための組織や仕組みづくり、OKRを中心とした評価制度、経営陣と現場メンバーの間に情報の非対称性を作らない理由について語っていただきました。
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