スタートアップの危機を救った、“禅問答”さながらの経営者コーチング──センシンロボティクス×GCPX
経営者であれば、誰もが「望まない」逆境に直面することがある。そんな時、どのように自らの課題や葛藤に向き合うべきなのだろうか。この問いに対して、有効な処方箋として「コーチング」が注目を集めている。
グーグル元会長兼CEOのエリック・シュミットらが書いた『一兆ドルコーチ』が世界的ベストセラーとなったことに代表されるように、経営者にとってコーチの存在は重要性を増しているといえよう。グロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、GCP)における、投資先のスタートアップ支援に特化する専門チーム「GCPX」でも、Head of Value up Teamの小野壮彦を中心に、VCの立場から経営者向けコーチングにいち早く取り組んできた。
センシンロボティクスは、その支援先第一号とも呼べる存在だ。同社は社会インフラの課題解決をロボティクス×AIで目指す企業であり、2020年6月には総額22億円の資金調達を達成。代表取締役社長を務める北村卓也氏は、GCPX小野によるコーチングを「禅問答」に例える。本記事では、GCPXによるセンシンロボティクス社への支援の歩みを振り返りながら、投資会社であるVCがコーチやメンターとしての立場で経営に伴走する意義を解き明かしていく。
(取材・構成:石田哲大、写真:藤田 慎一郎、編集:小池真幸)
「突然、私が社長に」──コーチングのはじまり
──GCPXによるセンシンロボティクスの経営陣への支援は、どのようなきっかけで始まったのでしょうか?
北村:忘れもしません、あれは2019年初夏のことです。入社して1年にも満たない、いち営業部長だった私は、いきなり社長になりました。
急遽いろいろなゴタゴタがあり、右も左もわからないまま社長就任が決まったんです。心の準備は全くできていませんでした。
「社長って、しんどいんじゃないかな……」と不安を抱えながらも、メンバーに弱みは見せられない。誰に相談したらいいかわからない中で、当時アドバイザーだった小野さんに話を聞いてもらったのが、私たちの関係のはじまりです。
株式会社センシンロボティクス 代表取締役社長 北村卓也
1977年生、学習院大学卒。日本IBMを経て、2008年より日本マイクロソフトでコンサルティングサービスビジネスの立ち上げ及びサービス営業担当部長としてビジネス拡大をリード、2016年より前職SAPジャパンではビジネスアナリティクス部門にて機械学習を中核としたデータアナリティクス事業を推進。2018年10月よりセンシンロボティクスに参画。Design Thinkingファシリテーター、無人航空従事者試験1級。
小野:その頃はまだGCPXは設立されておらず、いち投資家として相談を聞いていました。北村さんがすごく苦しそうにしていたのを覚えています。
株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズ Head of Value up Team・小野壮彦
1999年にネットエイジ社の支援を受けて、起業を経験。創業したプロトレード社を楽天へ企業売却したのち、Jリーグヴィッセル神戸の取締役事業本部長として、クラブ経営、チーム強化に従事。その後、エグゼクティブサーチのトップファームである、エゴンゼンダー社にて、国内外の大手企業の経営陣の強化に携わる。ヘッドハンティング、アセスメント、コーチングを、100社以上の企業、約5000人の経営人材へ実施。2015年にパートナー就任。直近では、株式会社ZOZOに参画し、本部長に就任。プライベート事業本部の立ち上げ、ゾゾスーツの開発および販売、海外72か国へのグローバル販売展開を推進。SDAボッコーニ経営大学院卒(MBA)
北村:最初はホテルのラウンジで話しながら、愚痴をこぼしていましたよね。順風満帆の中で社長になるならまだわかりますが、当時の社内はあちこちに綻びが見え始めていた。そんな中でいきなり「社長」と呼ばれるわけですが、正直だれが何を考えているのか、本当に頼っていいのかもわからない。完全に疑心暗鬼な状態でした。
自分が「社長」になることへのプレッシャーもありました。「社長」と聞いて私が思い浮かべるのは、ソフトバンクの孫さんや、ユニクロの柳生さんなどです。彼らのような理想的な社長に、自分はなれるのだろうか。センシンロボティクスが大企業にまで成長したとき、自分はどんな社長になっていたいのか。そこから逆算して、今はなにをすべきか。考えなければいけないことが多すぎて、小野さんに相談したんです。
小野:最初、北村さんは「〜せねばならない」気持ちが強いと感じました。社長に就任するなら、インパクトを出さねばならない。強いリーダーにならなきゃいけない。自分自身が、社長というロールを演じなきゃいけない……そんな状況にものすごいストレスを感じていたように見えたんですよね。だから、最初のコーチングの主題は「必ずしも強いリーダーを演じなくていいんですよ」だったと思います。
そして、第三者目線で話を聞いていると、意外と社員のみなさんは、北村さんがどんな人か素朴に知りたがってるのではないかと感じました。だから、「自分のことをそのまま話したらいいですよ」とアドバイスしていましたね。
本当に “社長” になれた瞬間
──必ずしもポジティブではない滑り出しだったのですね。“社長”としての覚悟が決まったのはいつ頃だったのでしょうか?
北村:社長就任のスピーチの日がターニングポイントでした。いろいろ悩んだ結果、私は小野さんのアドバイス通り、素っ裸になるような気持ちで(笑)、話すことにしたんです。
就任スピーチでは、私の得意なことをアピールするだけではなく、弱みまで全員の前でさらけ出しました。「私はトップダウンでみんなを引っ張っていくタイプではない。みんながやりたいことを促して、そこから経営を伸ばすのが得意なタイプなんだ」と語ったんです。
塚本:私は北村さんの横でこの話を聞いていたのですが、すごく良いスピーチでした。創業者である間下直晃さんと比べて、「北村さんが社長って、どんな感じなんだろう」とみんなが注目していたんですね。
北村さんはみんなの予想を、すごくいい意味で裏切ってくれた(笑)。「私はカリスマ社長でもなんでもありません」という言葉に始まり、等身大の北村さんとして、自分の生い立ちからじっくりと語ってくれました。そこでみんな、「ああ、間下さんとは違うやり方、タイプなんだな」とすぐに理解できたんです。私自身もすごく印象に残るスピーチだと感じましたし、社員との距離が一気に縮まったと思います。
株式会社センシンロボティクス 取締役副社長 塚本晃章
有限責任監査法人トーマツ、ダイキン工業株式会社を経て、2014年よりそーせいグループ株式会社で経営企画業務に従事。同社投資先のJITSUBO株式会社に転籍を行い代表取締役CFOとして全社経営、資金調達、IPOに向けた管理業務の構築、運用管理に従事。2018年8月よりセンシンロボティクスに参画。無人航空従事者試験1級。
──メンバーに自分自身をさらけ出したことで、ようやく吹っ切れたと。
北村:ただ、いま振り返れば、社長としての自信が本当についたのは、2020年6月頃だったと思います。資金調達が終わり、会社の危機を乗り越えたんです。塚本さんと本当に信頼しあえる関係が出来上がったのもこの頃です。
塚本:北村さんの社長就任はうまくいったものの、資金調達が終わるまでは本当に大変だったんですよ。もともと私はCFO候補として入社していたので、裏側でお金の推移を見ながら「明らかに、このままではキャッシュがなくなる……」とヒヤヒヤしていたんですね。会社が潰れるのは時間の問題という、危機的な状況でした。
北村:資金調達については、何から何まで全然わかっていなかったのですが、とにかくやらなければ生き残れません。表情には出しませんでしたが、ものすごいプレッシャーで体調が悪くなっていました。
さらに、2020年3月頃には半年かけて大型の資金調達の座組みを用意していたのですが、新型コロナウイルス感染症の流行で状況が一変しまして……。そのとき手を差し伸べてくれた、GCPの投資担当であり社外取締役でもある湯浅エムレ秀和さんには、本当に感謝しています。
経営者に敬意を抱くからこそ、 決して答えは言わない
──“社長”になっていくうえで、就任前から受けていた小野さんとのコーチングは、どのように助けとなりましたか?
北村:例えるのであれば、「禅問答」ですかね……。
小野さんは本当に経験豊富なので、「これはどう思いますか」と聞いたら、だいたいの事例には答えられるはずなんです。でも、決して教えを説いてはくれない。あくまで私が自分自身と対話し、自らの考えを深堀りする補助線を引くことに徹してくれるんです。
私もコーチング理論を学んでいたので、基礎的な知識は多少なりともありました。でも、改めて意識的に引き出し役に徹するコーチングを受けると、新鮮な衝撃を受けましたね。
──これまでの話は、GCPXが立ち上がる前のことでしたよね。センシンロボティクスの事例は、GCP Xが掲げる「経営陣へのコーチング」という支援の原型となったと思いますが、この時はどのようなことを意識してコーチングしていたのでしょうか?
小野:僭越ながら、普段のコーチングでは「社長自身の目線を引き上げること」を意識しています。経営者の視座はスタートアップの成長角度に直結します。目線が常に上に行っていないと、スタートアップは大きくなりませんから。
ただ、北村さんの場合は少し違いました。営業部長から内部昇格で社長になったので、最初に話すまでは、創業社長よりも目線上げに時間が必要だと思っていたんです。でも北村さんと話してみると、ちゃんと高い目線を持っていて、なにより野心があった。私がそれを引き出すだけで、あとは勝手に自走してくれるだろうと思ったんですね。
だからコーチングというより、その手前で心が折れないようメンタリングを意識していました。もともと持っている想いと熱量を素直に出す手助けをしたまでです。
北村:僕のような全然まだまだの人間でも、小野さんとの対話を通して、社長が板につくところまで来れました。同じように、今までたくさんの起業家が小野さんに導かれて、ひとかどの人物へと変容してきたと思います。
小野:やっぱり経営者は大変な仕事だと思いますし、なにより深い敬意を抱いています。私も経営者だったことがあるので、他人の経営に口を出したり、介入することは恐れ多いとすら思っています。だからこそ、私はあくまでメンターとして化学反応の「触媒」に徹している。そうでなければ、私の想像力の範囲を超えた、創造的なものが生まれることはないですからね。
「何があっても裏切らない存在」として共に在る
──経営課題を抱えるスタートアップに、豊富な経験からアドバイスを提供するVCも少なくありませんが、GCPではなく、あえてGCPXとして支援を行うことにどのような意味があるのでしょうか?
小野:キャピタリストは、ファンドのリターンに対して責任を持っています。だから、どうしても立場上、発言や行動が縛られてしまうんですね。一方で、私たちは完全にGCPの立場ではありません。だから、決してGCPの利益にならないことでも、支援先や経営陣の成長のためであれば寄り添ってアドバイスできる。
北村:支援を受ける側として感じるのは、GCPXが「何があっても裏切らない存在」として、フラットな立場で寄り添ってくれることです。これは想像以上に心強いんですよね。
例えば、2020年3月に資金調達の計画が倒れたとき、「会社が潰れるかもしれない」という大きなプレッシャーを感じていました。でも、湯浅さんは淡々と処理しながら、次の計画を提案してくれた。それを見て「まだ大丈夫だ」とすごく安心したのを覚えています。
また、「早く上場して株主に恩返しせねば」と精神的に追い込まれていた時期もありました。そのとき小野さんは、「株主のことなんて気にしなくていいよ。経営は簡単じゃないし、株主のことばかり考える経営者にロクな人はいないから」と言ってくれたんですよね。本当はVCの人が言ってはいけない言葉だと思うのですが、それを聞いて私は肩の荷が降りました。
経営者には、利害関係なく心の底から相談できる人がなかなかいないので、同じ目線に立って話してくれるパートナーは、本当に貴重な存在だと思います。深く悩んでいることでも、誰かに話してみると、「そんなに深刻に考えなくて大丈夫なんだな」と前向きになれることは結構あります。
塚本:湯浅さんが以前おっしゃっていた言葉で、印象的に残っているものがあります。「VCも選ばれる存在にならければいけない」と。GCPXは、まさにそのためにGCPが提供している価値の象徴なのだと思います。
正直、お金さえあれば、投資するだけなら誰でもできるんですよね。でもGCPXにはスペシャリティを持つメンバーがいて、具体的な課題解決まで手伝ってくれる。さらに、小野さんのようなメンターが横についていて、アドバイスをもらったり、愚痴をこぼしたりできる。この両輪が回っているVCの組織は珍しいですし、とにかく心強いですね。
──具体的な課題解決だけではなく、経営者との強固な信頼関係がもたらす心理的安全性も大きなポイントなんですね。こうした支援を通じて、GCPXは最終的に何を達成しようとしているのでしょうか?
小野:これは個人的なミッションでもあるのですが、起業家や経営者が自分の才能や伸びしろに気づいて、ポテンシャルをフルに発揮し、生き生きと幸せに働けるようになってほしい。
なぜかというと、私はこの日本が、リーダーシップ開発の敗戦国だと思っているからです。「正しいリーダー」像が不在のこの国に、新しいリーダーを輩出し、リーダーシップの在り方を徹底的にアップデートしていきたい。それが、GCPXが目指すゴールです。
(了)