30歳はスタートアップ業界へ飛び込む良いタイミング、老舗VCグロービスの今野氏に聞く
※本記事は、『STARTUP DB-スタートアップデータベース』に掲載された記事の転載です。
Globis Capital Partners(以下、GCP)で代表パートナーおよび最高執行責任者(COO)を務める今野穣氏は、大学生に学生起業の是非を聞かれた場合、必ずしも勧めていないという。今野氏が用意している回答は「その質問をしている時点でやめておいたほうがいい。本当に起業したい人なら、質問せずに起業しているはずだから。起業する時こそ『学生起業』としてもてはやされるかもしれないが、その後は手練手管の起業家や企業と横一線。どうしてもやりたいか、勝ち筋が見えている場合のどちらかだろう」というものだ。こうした質問をする「左脳タイプ」は30歳前後で真剣にキャリアの方向性を考えるべきだという。
GCPは、日本で最も早くからベンチャー投資をしているVCの1つで、累積ファンド総額は660億円と最大規模の独立系VCだ。2006年にGCPに入社してから10年以上にわたって日本のスタートアップ業界をVCの立場から見てきた今野氏に、日本の置かれているスタートアップ投資の状況、ベンチャーキャピタリストや起業家というキャリアの選択肢の考え方について話を聞いた(聞き手はITジャーナリスト・元TechCrunch Japan編集長 西村賢)
今野穣(いまの・みのる) 株式会社グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナー、最高執行責任者(COO)。2006年7月グロービス・キャピタル・パートナーズ入社、2012年7月同社パートナー就任。2013年1月より同社ジェネラルパートナーおよび最高執行責任者(COO)就任。主な投資担当先に、ライフネット生命保険、ブイキューブ、みんなのウェディング、Quipper、Bplats、アカツキ、スマートニュース、ビズリーチ、Yappli、Akippa、READYFORなどがある。GCP入社以前は、経営コンサルティング会社にて、プロジェクトマネジャーとして、中期経営計画策定・PMI(Post Merger Integration)・営業オペレーション改革などのコンサルティング業務に従事。東京大学法学部卒。
グロービス成長の経緯と現在の投資環境
1996年に5億円のファンド規模でスタート
西村:まずGlobis Capital Partnersの話からお願いします。独立系VCとして日本で最大規模と言っていいかと思うんですが、そもそものスタートから教えていただけますか。
今野:ファンドは1996年から始めています。最初は5億円でスタートしました。今の新興ファンドと同じような規模ですね。最初は機関投資家からファンド出資を得られるほどの信用もないですし、当時はベンチャー投資がポピュラーじゃなかったということもあります。
だから、堀(グロービスグループ代表で創業者の堀義人氏)のビジョンに共感したエンジェル投資家を中心に、そこに自分たちの資金を拠出して5億数千万円でファンドを始めました。それ以来、2号、3号、4号、5号ファンドと組成してきて累積額だと660億円です。今年(2018年)の年末にもファンドレイズが控えていて、今までよりも規模を大きくしようかと考えているところです。直近のファンドが160億円ですが、一定程度ファンド規模を大きくしていくという計画です。
西村:初期のファンドのリターンは実績を開示しているのですか?
今野:開示はしてません。ただ、Cambridge Associatesという機関が世界中のファンドのリターンを集計していて、上位25%、50%、75%というのを発表しているのですが、これまでのファンドは全て25%以上に入っています。トップティアVCと言って良いか分かりませんが、グローバルで常に25%以上に入っています。
西村:現在組成中のファンドを大きくしていくというのは、投資案件数を増やすということですか?
今野:いえ、1つのファンドから30〜40社に投資するんですが、投資数を増やす気はありません。一社あたりの投資金額を大きくしていき、かつ、いわゆる「ユニコーン」をどんどん輩出していこうとしている意図です。逆に、集められるだけ集めようという発想はありません。これまでファンドの資金を使い切らなかったこともあるからです。
西村:集めたお金を全部投資できずに余らせた過去があるということですか?
今野:良く言えばディシプリン(規律)がきいていた、悪く言えば資金を集めすぎたということです。要は池の魚に対して集めすぎみたいということがあったんですね。それで直近の5号ファンドを本来は200億円を大きく超えるご出資要望がありながらも160億円で止めたんですが、そうしたらこの5号ファンドの中で1社当たりの調達額が一気に上がったので、予想していた期間の中では足りない状況だったんですね。それで次は大きくしようということです。
西村:案件数自体が増えている印象がありますが、そうでもないのでしょうか。
今野:エコシステムとして起業や起業家の数は増えましたけど、IPO数は、それほど変わっていませんからね。起業数が増加したほどシリーズA,B,Cとラウンドを重ねる投資案件数がそれほど増えていないということかもしれません。われわれは基本的にシード投資はやらないので、そこは分かりませんが、レイターステージまで上がってくるスタートアップの案件は、あまり増えていないのかもしれません。
「小さな成功」問題:メルカリやスマニューは変わってきている
西村:起業の数は増えて、シリーズAにまで進む数が増えていないというのは、なぜでしょうか? 裾野が広がっていて起業家の全体の質が上がったわけじゃないのか、よい起業家を見つけ出す人が足りていないのか。
今野:直近でいうと、2013年とか2014年のスマートフォンアプリ周りのユニコーンみたいな時と比べると、分かりやすい大きなテーマがないのかもしれません。
西村:時代の波があるかないかでしょうか。よくファンドはワインになぞらえて「ビンテージ」と言いますよね。天候に恵まれた年のブドウでできたワインは「当たり」で、どの銘柄もおいしい。同様に2013年前後に組成されたファンドは全体にパフォーマンスが良いビンテージだったということでしょうか。
今野:そうですね。投資テーマの裾野が広がったという意味では増えているし、XTechと言われている領域は、対面市場が大きくなる可能性があると思いますし、AIやIoT、宇宙だとネットだけに限らないテーマという意味でも増えています。これらの領域で資金調達額が大きい会社をどういう結果に導けるかどうかが大事だと思っています。
西村:メルカリのような例外をのぞくと、ユニコーンが出てきづらい市場環境という点はいかがですか? 日本ではシリーズBに相当するのがマザーズ上場だという話があります。大きく成長する前にIPOする結果、ユニコーンよりも小ぶりの成功がでてきやすい。これは資本市場に参加する投資家のリテラシーの問題もあるかと思いますが、多くの企業は上場すると短期の利益追求になりがちで、中長期の投資や成長で大胆なことがやりづらくなるとも言われます。
今野:おっしゃる通り、マザーズ市場って一長一短あると思っています。「長」の方が大きいですけどね。出口ではなく、そもそも資金調達の手段として、数年前までは上場一択だったんですよね。資金を集めて大きな事業をするためには上場するしかなかった。ところが、今は未公開のスタートアップ企業でも、10億、20億、30億円と集まるので、事業にアップサイドがある会社は、急いで上場するよりも、もうひとまわり大きくして上場するというふうには変わってきています。アメリカも実はそうですけど、IPOまでの期間が長期化しています。上場できる水準かどうかということと関係なく、いつ上場するのかを自律的に決めるというのが別の論点としてあります。
西村:スマートニュースなんかは、そんな感じですね。
今野:同社に限らず一般的にそうですね、収益モデルを複層化してからとか、海外に出てからとか、といったことですね。こうしたことは今までなら上場してからのアクティビティだったわけですが、今は未上場でも資金は集まるので、選択肢が増えたんですね。当然、未公開の方が自由度が高いですからね。一方でおっしゃる通り、バリュエーションで100億円くらいを意識して上場を目指し、上場後に更なる成長を志向するスタートアップもあります。上場した時点では大きな規模ではないかもしれませんが、それはそれで各企業の戦略上の選択肢です。上場による知名度や信頼性の向上や、タイミングや時間軸で考えると正解ということもあるので、両方ありですよね。
CVCとM&Aは今後も増加
西村:M&Aもやっぱりまだまだ増えていくと見ていますか?
今野:そうですね、M&Aは増えてるし、これからもっと増えるんじゃないですか。投資家の心理としてユニコーンに目が向いていたり、起業の裾野が広がる反動でタレントバイを含めた途中段階のM&Aも増えるかと思います。また、洋の東西を問わず、ベンチャー投資をしているプレイヤーで、一番伸びてるのがCVCなんですよ。コーポレートベンチャーキャピタルです。
西村:増えていますよね。CVCってリターンはどうなんですか?
今野:どうなんですかね、分からないですね。日本はリターンが出るほど時間が経過してませんしね。それとは別の論点で、これは良いことだと思っているんですが、CVCってファームによってはリターンを求めません。戦略的な投資だからですね。事業でも投資した分を回収できる部分があって、いわゆるオープンイノベーションとかR&Dのアウトソースみたいにリターンをあまり求めないときも結構あります。だからこそ最近のスタートアップ投資では結果的にバリュエーションが高くなっているという話もあるようですが。
日本では個社のグロースしか成長の投資機会はない
西村:リターンを出すためにやっている、より金融業の色合いの強いVCとしては、バリュエーションが高くなりすぎる市場環境というのは困りそうですが、いかがですか?
今野:だからより早いステージで投資家として入るっていうことですね。中期的に成長する事業モデルや組織を一緒に作るところから。
西村:ハンズオン投資に価値があるということでしょうか。
今野:そもそも「ハンズオン」というのをキーワードにしてきたのは2つ理由があります。ファイナンス用語で、「アルファ」と「ベータ」と言う用語があります。ベータというのは基本的に当該市場全体としてのパフォーマンスです。他方、アルファというのは、個社、個別ファンドのパフォーマンスです。そうすると、日本市場を見ると、国全体としての成長率がそれほど高くないので、アルファを取りに行くしかないんです。とすれば、我々として、投資後にどれだけ具体的に価値を上げることができるかが大事になります。
西村:東南アジアとかインドだと、当然マーケットとしてはベータが大きいと。
今野:だから実は海外の投資家、特に機関投資家と呼ばれる、いわゆるプロの投資家がなかなか日本に入ってくることを躊躇するのは、そういう背景もあるんですよね。
投資家が何をどう見るかというと、グロースの金融商品(投資先)と市場が合っているかどうかどうかです。最近増加しているバイアウトは、トップラインがあまり伸びていなくても、コスト側を金融エンジニアリングで適切なコスト構造にすることや新たな経営体制によって収益力を強化したりします。ベンチャーキャピタル、もしくはベンチャーというのは圧倒的にグロースが大事なんです。だから国自体にグロースがないところには基本的にお金は回りません。
そういう日本の置かれた市場環境の中でわれわれはアルファを作っていっています。個別ファンドとしてリターンを出せるのはなぜか。その源泉は何かというと、放っておいてマクロ通りに行くんじゃなくて、しっかりと付加価値を載せていくことでリターンの最大化に繋げる。適用価値の最大化に繋がるというのが1つのストーリーで、(GCPファンドへの)投資家ともそう約束しています。もう1つのわれわれの強みは「経営」をコアコンピタンスとしてからスタートしていることです。
IPOのアドバイスは有効、M&Aで価値が出るのはクロスボーダー、クロスセクター
西村:ハンズオンの価値としてGCPは、「4つのR」と言っているんですよね。
今野:そうですね、従来の経営支援に加えて、最近そういう言い方をしています。HR、PR、IRそれからEngineeRです。
それから、IPOに関するアドバイスができるのもわれわれの強みです。実はIPO関連は情報の非対称性が大きいんですよ。IPOのプロセス前後、特にIPO前のアドバイスは一番効き目があります。なぜなら、ほとんどの会社にとって上場というイベントを経験するのは1回目だからです。証券会社や東証から言われる話にビクビクしてしまうんですね。でも本当は真に受けていい話と、突き返すべき話がある。われわれのような立場の人間を入れて交渉や相談の場に臨むのは、その会社だけでは絶対できません。GCPの強みは4Rプラス2(経営支援、IPO支援)ですね。実際、究極にハンズオンは、それらの類型化を超えた起業家から一番心理的距離が近い存在であることだと思っていますし、弊社のキャピタリストは皆、愚直にそれを遂行していますが、なかなかその価値は経験した頂いた方にしか伝わらないのが悩みです(笑)。
西村:M&Aも数では、まだアメリカのようになっていなくて、これから知見がコミュニティーでたまっていくところだとすると、交渉のテクニックという面でも蓄積はありますか? 売却先候補複数に競わせて、最後の最後にもう一声バリュエーション(買収価格に直結)を上げる心理的な方法があると聞いたりします。
今野:ありますね。バリュエーションで競わせるというのもそうですが、かといって1円でも高いところに売ればいいかというと、それも違うんです。M&Aの後にメンバー皆んなが辞めてしまうようなことになれば、結局それは売った側(VCや経営陣)の責任もあるわけですから。
最大化するものは何かというと、売却先の相手方にとってプレミアが乗る方法を考えるわけです。それは、1つは複数の買い手に興味を持ってもらうこと。もう1つは買い手が持っていない価値を訴求すること。例えばクロスボーダーでのエグジットで、日本のスタートアップをアメリカ企業に売却する。アメリカの会社からしたら日本市場参入は難しすぎる。でも、市場として日本は押さえておきたいということがあるわけです。その選択肢としてのM&Aをした、という、クロスボーダーの事例は実際にあります。
もう1つはクロスセクターです。例えば非インターネット企業が、インターネット企業を買うときに、P/Lだけじゃない価値を見出すわけですよね。ネット企業の文化や方法論、起業家のタレントです。これはもうP/Lだけで測れる話じゃありません。では、どういうバリューを誰が感じてくれるかというのは、説明の仕方だったり、それまでのビジネスの作り方で変わってくるわけです。だからエグジットの段階を迎えときに初めて、そうしたことを議論するというよりも、投資を実行して戦略を議論するときには、すでにエグジットを意識して議論しますよね。
西村:そこのストーリーというのは、買う側からすると、買収後のシナジーに価値があるという事実そのものだから、正しく一致していますよね。
今野:そこで嘘ついたり、話を盛ったりしても後々バレるわけですから。
西村:経済界やスタートアップ界でのレピュテーションリスクがありますよね。
今野:そこは社会的なガバナンスがきいていますね。社会的ガバナンスが効いている前提の中で適切に価値を伝える方法なわけです。特に若い方とかネットの中で素晴らしい方って、例えば英語の問題もあるかもしれないし、エスタブリッシュな人との言語の使い方の問題あるかもしれない。プロダクトのことが分かってもフィナンシャルなところ分からないかもしれない。そこを翻訳するだけでも価値があります。
順風満帆のコンサルタントからVCへ転身した背景
司法試験を受けたもののビジネスの道へ
西村:ちょっとVCの一般論的な話が多めになってきたので、今野さん個人の話もおうかがいしたいです。もともとは東大法学部卒で司法試験を受けられたんですよね?
今野:冷やかしくらいですね(笑)
西村:弁護士になろうと思えば、それこそ1年でも2年でもやればなれたのでは?
今野:結局、本気でやってなかったなって感じですよね。あるところで、「まあいいや」ってなって。
西村:ビジネスに興味があったからですか?
今野:そうです。今は違うかもしれませんけど、東大法学部って3分の1が司法試験、3分の1が官僚の国家公務員試験、3分の1が就職、残りの1割が学者進学でした。別にそれらに上下はないんですが、何となく就職が一番下位層なんですよ。法学部に入ってまで就職するやつっていうふうに見られて。何となく官僚は嫌だなと思って、ビジネス界で何かしたいと思っていました。だから司法試験をやってみるかと思ったけど、一向にモチベーションが上がらずで。受けてはみたけど、やっぱやめようと就職することにしました。
西村:戦略コンサルですよね。
今野:業務コンサルの戦略チームです。戦略コンサルと業務コンサルの間くらいです。ボスコンとかと良く競合したりしてたので、まあ戦略コンサルですね。
西村:そこで5年半くらいやってスピード出世されたんですよね。
今野:はい。当時は「コンサルタント→シニアコンサルタント→マネージャー」というパスがあって、平均でいうと3年と3年、要は6年でマネージャーになるらしいんですが、ぼくは1.5年、1.5年のトータル3年でマネージャーになりました。それは抜擢してくれた人がいての話なんですけど、半分の期間でマネージャーになり、マネージャーは2年半やりました。その頃お世話になった人の話をすると、それだけで2、3時間くらいかかるんですけど(笑)
西村:良い上司に恵まれた?
今野:ぼく、入って3カ月くらいに、「もう辞めます」って言ったんですよ。
西村:それは何故ですか?
今野:落差ですかね。自分の周りは自分よりも前に就職していて、自分はビジネスのスタートラインで1年遅れたんだから、入ったからにはこのアイドルタイムを絶対取り戻したいという強い反骨心がありました。でも、入ってみたら、ぼくの中で勝手にイメージしていた「コンサルタント」と、アサインされたプロジェクトが違ったんです。
西村:物足りなかったってことですか?
今野:簡単に言うと、そうですね。「このくらいの仕事ならオレでもできるわ、最初から」と思ってしまったんです。それが事実かどうかは別として、そう思った。それで採用責任者の人事のところに行って、「もう辞めます、こんなつもりで入ったわけじゃない」って言ったんです。
西村:すごい新人ですね(笑)
今野:すげぇ鼻っぱしらが強かった。そしたら頼むから待てと。
西村:もうちょっと別のプロジェクトをアサインするからと?
今野:次のプロジェクトで一番優秀なマネージャーのもとにつけてやるからって言われて「じゃあ分かりました」という感じでした。
コンサルのファームで面白いのは、チームはチームであって、プロジェクトはプロジェクトであることです。チームの飲み会というか懇親会が、たまにあるわけですよ。ぼくは誰が一番優秀なマネージャーか知らなかったんですけど、ある時に対面に座ったマネージャーの人と大喧嘩になったんです。今でも覚えていますね、「こいつ性根から腐ってるな」って真顔で言われて(笑)
ところが、実はその人が会社で一番優秀なマネージャーだったんです。それこそ今は、直近で東証一部の2社でナンバー2だったような人です。それくらいすごい人でした。その方が新しいプロジェクトを受注した時、人事から「そのプロジェクトで今野を頼んだ」という話をしたら、そのマネージャーは「あいつだけは嫌だ」と言われてしまって。それで僕をそのプロジェクトへアサインするという話が立ち消えになりそうになった。
ところが、僕とその人の間にいたシニアコンサルの人が、「あいつは色々クレームを言うけど、ちゃんと考えてるし、単なるクレーマーじゃないから一緒にやってくれ」って言って間に入ってくれて、そのプロジェクトに入れたんです。要は、人事に助けてもらい、その間の人に助けてもらいということ。で、プロジェクトに入ってみたら以前に抱えていた不満は、優秀なマネージャーに対しては全く感じなくて、ぼくは水を得た魚のようにパフォームしはじめてね。一番仲が悪かった人が一番仲良くなったんです。
西村:一緒に仕事してみたら全然違ったと。
今野:その人がまず初めに抜擢してくれた。次に、その上のパートナーが、ぼくをマネジャーに昇進させるときに人事に言いにいってくれた。言ってくれたというか、怒鳴り込んだ。
西村:え、どういうことですか?
今野:何百人といるファームの中で、ぼくみたいなヘンなのがひとり、ノミネートされたわけですよ。そしたら人事から、さすがに新卒コミュニティの全体最適として統制が取れなくなるから、今野がどれだけ優秀か分からないけど、このプロモーションは飲めない、ということになった。
西村:さすがに早すぎると。
今野:これは後になってから聞いたんですけど、そのパートナーは、人事の部屋まで怒鳴り込みに入ったらしいんですよ。「俺がマネージャーに上げるって言ってんだから」と。
西村:人事じゃなくて現場が言ってるんだから黙れと。
今野:なんで人事のお前がそんなこと言うんだってね、それくらいすごいボスだったわけ。その人のおかげでマネージャーになって、結局そんなことで3年半かな。今でも、その方々には頭が上がらないですよ。
西村:ちょっと脱線するようですけど、妬まれたりしないんですか?同期とか、あるいは抜いちゃった人とか。
今野:心穏やかじゃない人はいたかもしれない。ただ、最初に私がプロマネの仕事を3000万円で受注した後、いきなり3億円に広げたんですよ。それで周りの目が変わりましたね。確かに思い出してみれば、それまでは「なんであいつがマネージャーなんだ?」と上から思われていたかもしれませんけど。同期とも、その当時はどう思われていたか分からないけれど、今でも定期的に会って互いに刺激し合ってくれる仲です。
順調だった仕事を辞めて、VCを目指した理由
西村:結果を出したら周囲も納得したと。でも水を得た魚のようにやってたら楽しかったんじゃないですか? なぜ、もう自分が仕事をすべきなのは、ここじゃないと思ったのですか?
今野:そのプロジェクトが終わって地方から東京に戻りました。次にまたプロジェクトがあったんですけど、2年間やってやり切ったな、とかもありました。ただ、当時はコスト削減系のプロジェクトが多かったんですね。あまり生産的ではないというかね。仕事は実行しやすいですよ、論理的に削っていけるから。だけどね、大手企業がこんなことで本当に困ってるのかという現実があって。もっと成長のことを考えなきゃいけないのじゃないかなと思って。
西村:実際何かきっかけがあったのですか?
今野 そのころ、たまたまぼくの知っている2人の人が、それぞれうち来ないかって話をしてくれて、その1人が当時GCPにいた小林雅氏です。
西村:後にIVPを立ち上げて、スタートアップ業界では知らない人がいないイベント、「Infinity Ventures Summit(IVS)」を運営していた小林さんですね。今はICCを運営されていますよね。
今野:彼も、元々はGCPのパートナーです。実は大学のサッカーチームの2つ上の先輩なんです。
西村:あ、なるほど、チームが一緒だったんですね。それで小林さんは今野さんのことを「後輩」という言い方をしてたのか。
今野:彼がサッカーチームの創設者です。ぼくの代で初めて組織化したんです。それまでは7人とか5人で、ぼくの代で20人ちょっと。本格稼働した年のキャプテンだったので、学年は2つ違ったけど直でやり取りしていたということもあって、小林さんがGCPに来ないかと誘ってくれて。それが2004年ですね。
最初に声かけられて、それでカリさん(GCPマネージング・パートナーの仮屋薗聡一氏)に「VCとは……」という話を聞いてね。でも、それが実は当時現職でのマネージャーのノミネートと同じタイミングだったんですよ。VCに興味はあったけど、さすがにマネージャーの話は受けないと、と思ってね。そしたらマネージャーが2年続いた感じです。
マネージャーを2年やった後、2006年になってから改めて「すみません、あのときはアプライしなかったんですけど」と言って入れてもらえることになった。
VCのほかに、もうお誘いを受けていたのがリヴァンプさんですね。澤田貴司さんや玉塚元一さんが始めた企業経営支援コンサル企業で、主に半分は小売業のコンサル、半分バイアウトみたいなことをやっているところでした。当時は、クリスピークリームドーナツとかロッテリアとかやっていましたね。ただ、リヴァンプだと、あまりコンサルと変わらないなと思ったんですよね。一方でVCはグロース。いま飽きたところから、いい意味でだいぶ離れているし、会った人が前向きな人が多かったんです。ぼくはITのことも知らないし、VCのことも知らないけど、とそれくらいの感覚でしたね(笑)
西村:今もそうかもしれませんけど、時代的にはPEの方がオルタナティブ投資で見ると先を行ってるというか、いろんな意味で確立されてる感じがしますけど。
今野:現場で最初やることってコンサルに近いですよね。最初から、いきなり投資できるわけじゃない。
西村:PEってエクゼキューションの改革でV字回復させる印象がありますね。
今野:そう、だから最初の職場で抜擢してくれた人の恩義を含めて考えたときに、リヴァンプに行かなきゃいけない理由が説明できなかったんですね。それなら、ここにいてもできるじゃんって。でもVCはね、2004年とか2006年の当時で言うとベンチャーって何それっていう時代ですからね。
起業を考えなかった理由
西村:VCやベンチャーの世界を見て、起業してみようという考えはなかったんですか?
今野:なかった。ゼロではないですけど、できると思わなかった。ぼくはエンジニアでもないし、思いっきりド文系のアナログ人間だったんでね。人脈もなかったから。ぼくはゼロイチの人じゃないだろうなってね。当時は「0→1、1→10、10→100」みたいな事業創出をフェーズで分けて考えるようなリテラシーすら持っていなかったけど、今振り返るとそういう感覚を持っていた。自分にできるのはゼロイチじゃないなって。
西村:でも、それから相当時間たってると思うんですけど、いろんな起業家を見てて違った考えになったりしていませんか。初対面でゼロイチのような感じじゃなかったけど、実はゼロイチをやった人とかいますか? 「自分は違う」という自己イメージが強すぎて、やらない、起業しない人も世の中にいるような気がしてるんですけど。
今野:まあ、いるんじゃないですか。例えば、その例に出して失礼かもしれないけどライフネット生命の岩瀬さんなんかは、コンサルに行って、ハーバードに行って、まさか自分が起業するなんて思ってなかったんじゃないですか。谷家さんや、出口さんとの出会いがなければね。だから誰と出会うかってすごく大事ですね。本当に物理的に起業できないかっていうと、そんなことはない。当時、ぼくは「できる」と判断するに足る出会いやネタがなかっただけだと思う。
西村:待遇というか収入面のことはどう考えましたか?
今野:当時はお金のことはあまり気にしてなかったですね。実績があったので、何をやっても自分はできるって自信もあった。コンサルとか同じセグメントであれば生活に困るような待遇じゃないからね。
収入のアップサイドの大きなVCという仕事
西村:一方でVCはアップサイドが大きいじゃないですか。組織型と独立型は違うかもしれませんが、それでも「給与」とは桁違いの成功報酬も入るかもしれない。
今野:いくらアップサイドあるかってのは全然考えなかったな。やりたいと思うことをやったらば、何かしらできるでしょっていう感じでね。でも実際に収入どうなのかって言うと、人によるけどVCの方が中期的には収入は多いと思います。比較的少人数で高いリターン倍率を志向していて、そのリターンに対して一定のルールで成功報酬が出るので。もちろんリターンが出せれば、ですけど。
西村:GCPは組織型のVCで、独立系VCのようにファンドのリターンの利益をパートナーで等分するという感じではないのですよね?
今野:リターンの分配は事前にポイントで決めています。役職に係数が掛かるものもあれば、案件の担当者、それもいろんな機能でどのように貢献したかまできちんと見ています。もし仮にアソシエイトが全部リターンを出していたら、ほかの誰よりも多く成功報酬が得ることができるという理論値が制度上はあります。もちろん、そんなことが起こるとしたら、別の意味で組織に問題があるということになりますけどね(笑)
西村:独立系VCの中には、どううまくポイントを設計しても結局はもめることになる、と指摘する人もいます。ロックバンドが音楽性の違いで解散するみたいに。あれって取り分でもめるわけですよね。
今野:そうですね、そこはチャレンジです。今ぼくはCOOという役割で、そこで成し遂げたいミッションですよね。基本的にファンドはパートナーのものとして、メンバーに成功報酬があまり分配されないファンドもあると聞きます。そうすると何が起きるかというと、どんどん独立していくんですね。逆にそれを一定程度許容しているエコシステムなんですよ。これは別に組織型かパートナー所有型のどちらがいい悪いではなくて、どちらを取るかという話です。ぼくらはサステナブルに組織として成長する。組織としてサステナブルに伸びて行くことがいくことが機関投資家との信頼関係構築でいうと、とても大事なんです。
小さなファンドでVCとして独立することに大義はあるか?
西村:組織型VCから独立してマイクロVCを立ち上げるというのが過去数年多くみられます。
今野:実は私にも過去それに似た独立話的なお誘いもいくつかありました。しかしながら当時は、自分がやるべきこととか、関わるべきこと、成すべきことの大きさを考えるときに、VCとして独立することに意味が見出せませんでした。ファンドの大きさでできる投資の規模や取れるリスクが異なったりしますので。もちろんその当時と今は、VC業界のライフサイクルや競争環境も異なるので、今独立するマイクロVCの方々を否定するわけではありませんが。
西村:そこは個人として、成功報酬のアップサイドが違うからじゃないですか?
今野:もしそうだとしても、それは個人の実入りの話ですね。
西村:VCでもアソシエイトだと安い給料で働いていたりしますよね。
今野:そうですかね。うちのファンドに限った話では、一定競争力があるオファーだとは思いますよ。だけどね、VC界隈で若手のアソシエイトを誘うと「独立したい」と言うんですよ。そこは多分逆にお金じゃないモチベーションもあるんじゃないですかね。
西村:成功したら個人資産で数億円とか10億円になる可能性があって自分の裁量で投資できるとなれば、独立したい気持ちも分かります。
今野:もちろん否定はしないけど、裁量が理由だとすると100%賛同するものでもありません。また、ファンドの規模とは別に投資戦略というか投資対象という話もあります。他方、ファンドが小さいことが価値が小さいというわけでもないですが、とはいえファンドが大きいことでファンドとしての裁量や影響力が大きいということもありますね。結局何を成し遂げるか、そのためにどのような貢献を果たしたいのかという点が大事かと思います。
組織としてVCを大きくしていくということの意味
西村:話をファンド規模に戻します。ファンドを大きくスケールさせて社会的なインパクトを大きくしていくには、外部からの信頼を組織として蓄積していったほうがいいということでしょうか。
今野:はい、長く支援してくれるLP(ファンドへの出資者)を持っておくというのは、すごく大事です。例えば、機関投資家と言われる人たちって、一般的には3本目とか4本目のファンドからしか入ってきませんから。
西村:1号、2号、3号と時期が重なるとはいえ、1本のファンドの運用期間は10年ですから、相当な積み重ねの時間が必要ですよね。
今野:3本目のスタートの時に1本目の結果が出てきたり、組織の安定性も出てくる。そういうところしか機関投資家は入ってこない。だから、10年とか15年かかるんです。新しいファンドとして独立したとしても、そこから10年以上かけてファンド規模を大きくするわけじゃないですか。それでも200億円というレベルの規模感はないと思うんです。5億のファンドを作って、30億を作って、50億を作って、そのうちメンバーも入れないといけなくなる。すると投資ステージも課題になると思うんです。資金量からしてアーリーステージの投資ばかりはできなくなる。すると、またパラメーターが増える。組織と投資の課題がマッチポンプのように次々に出てくる。だから、投資家心理としてもすでに機関投資家が入ってるファンドだったり、すでに出資をしていて信頼関係ができているファンドへの継続投資から投資をしたいと思うんですよね。
西村:いわゆる機関投資家が入ってくるレベルだとVCの組織としても安定的な基盤を持っているということですよね。
今野:そうですね。ブランド・信頼性みたいなレピュテーションも蓄積として重要ですし、現実的には透明性の高いIRができるかというのも重要です。
西村:事例も蓄積しますしね。
今野:おっしゃる通り。例えばIPOのところでバリューが出せるのはケースをいっぱい持ってるからですよね。成功事例も、苦労した事例も含めて。外に出せない話もあるし。そういった点は、個人もそうですが、組織にも蓄積するノウハウです。逆に言うと、うちの組織の吸引力は、そういったところに持たせないと、ということです。
個人として大義があるか
西村:何がしたいかにもよるんでしょうね。そうはいっても経済的に成功したいという個人的な理由もあるんじゃないですか。一国一城の主ということもありますよね。
今野:うちはそういう人は採りません。
西村:じゃあ何を見てるんですか?
今野:大義。個人としてのね。面白い話があって、先日弊社のホームページのコンテンツとして、各キャピタリストにインタビュー記事を作成したのですが(http://www.globiscapital.co.jp/careers/interview/)、全員に一致していたキーワードが「国力」という言葉だったらしいんです(笑)。組織を主に見ている私としては、ある意味とても嬉しかったです。
私自身に当てはめても、これはぼくのコンサル時代の逆張りっていうか反動ですけど、日本のグロースを作らないとまずいよねということです。自分の子どもたちの世代をどうしますか。例えば自分の子どもを海外に教育に行かせるのは簡単だけど、それってある意味ではすごく個別最適で、大多数の日本家庭では取れない選択肢ですよね。分断が起きる。ぼくは別に裕福な家庭で育ったわけじゃない。けど、中の上くらいなんですよ、多分。一般的な保険会社のサラリーマンの家庭ですけどね。
西村:いや、今野さん東大法学部卒ですしね(笑)
今野:そういう環境に生まれ育った段階で、日本という国に還元する使命があると思うんですよ。というときにね、社会全体への還元を考える立場を大事にしたいか、ということですよね。
西村:このインタビューが掲載されてる媒体の運営母体であるfor Startupsの志水さんは「日本を勝たせる。それしかないじゃないですか」というビジョンをいつも語っていて、ぼくは共感するんですよね。年齢が上がってきたというのもあるかもしれませんが(笑)、上の世代から引き継いだものがあるよね、と思います。海外に出て思うのは、この時代の日本に生まれただけで、もう世界的にはトップ10%というほど恵まれているということで。そんな素晴らしい国を引き継いだのに眼の前で落ちぶれていくのを見るのは耐え難いものがあります。
今野:もちろん外から日本を変えるというミッションもあるから、ロケーションにこだわる気はないです。ただ、私自身は、残念ながら海外に行くよりも日本でやった方が貢献できる価値が高いので、中から変えていく、という選択をしています。
大企業に残るということは、何もしないということ
西村:マクロでの成長が限定的な成熟国でアルファを追求するために資金と経営ノウハウ面から支援するという話ですが、そもそもVCという産業が、日本ではまだ一般にあまり知られていないように感じています。起業家が足りていないというのは常に言われることですが、投資家が足りないというのもありますよね。もっとベンチャーキャピタリストという仕事が知られて、なり手が増えればとも思います。実際、金銭的には会社員よりも良い面もあるわけですよね。
今野:もちろん、お金は圧倒的にそうです。会社員との比較で言うとですけどね。やった分だけ収入になるわけですしね。でも、何よりいいのはね、理不尽なことがないことですよ。
西村:大企業の組織の理不尽とかですか?
今野:ちょっと話がずれますけどね、学生時代の同窓会に行くと、みんなに言われるのが年齢よりも見た目が「若い」ってことなんです。個体差あるかもしれないけどね、スタートアップ界隈って実年齢より若い感じの人が多い。
西村:あ、それはある気がします。
今野:それが何かと言うと、接している人からエネルギーをもらってるんですよ。それから、この仕事をやっていて一番いいのが失敗も含めて理不尽なことがほとんどないことです。無駄な理不尽さがない。苦労やトラブルはあるけど、それは全部自己責任の範囲内。
起業家と一緒にやる中で課題や困難はありますよ。でも、なんでこんなことしなきゃいけないんだっていう理不尽さはほとんどない。
大企業で新規事業創出が難しい理由
西村:何かに挑戦して新しい事業を作ることを考えると、大企業にいるのはリスク?
今野:何かを起こして、そしてその先に成功か失敗かとか、それが満足いく結果かどうかというのももちろんありますよ。でも成功か失敗かの議論じゃないですよね。何もしないか、何かするかという議論です。要は大企業に漫然と主体的な意志を持たずに残るということであれば、それは何もしないということ。何も起こらない。
西村:大企業でも50歳を超えてから、やっと300億円の工場を作るかって議論に参加できるというところはありますよね。ちょっと煽り気味に言うとメガベンチャークラスでも、説明コストが大きいというのはありますよね。
今野:大企業であれ、ベンチャーであれ、新しいことを始めるにはトップもしくはそれに準ずる層がコミットしないと成功しないですね。
西村:多数の株主に向けて説明もしなきゃいけないし、大変ですよね。スタートアップ投資ならお金を預かっているキャピタリストが納得すれば、よしやろうって話ですからね。
今野:実際にあった案件ですけどね、大企業といっても年商100億円程度の規模だと、例えば3年間で30億円の予算を割り当てるというのは、かなりハードルが高い。事業部長クラスでも動かせない。やっぱり会社として出さなきゃいけない利益があるので、もう全然お金が回ってこないわけですよ。一方、スタートアップ界隈の起業家なら、良い数字が出ていたり、チームが良かったりすれば、3年で30億円も集められる。本当にいい時代ですよ。だから、これからは大企業にいること自体がリスクになり得ますよね。もちろんポジションにもよりますけど。
それに大企業といっても事業立ち上げに適した人材も必ずしも十分ではないですからね。社内起業する人自身は起業家精神を持っているとしても、大企業の中でチームが作れるかというと、必ずしもそうではない。
西村:一般企業は起業家マインドを基準に採用ってやってたりしないでしょうしね。これまでは会社という器の中で何でもかんでもやろうとしてきたけど、新規ビジネスの生まれるサイクルが早まり、かつ少人数で生み出すようになってきた関係で、何か違う枠組みが必要になってるきていて、それがスタートアップのエコシステムということでしょうか。インパクトの出し方がプロジェクト単位になっているというか。
今野:そうでしょうね。もっと先の話をすると、組織って何、法人って何っていう議論に行き着くと思う。組織というのは、企業活動の目的を達成するための手段・方法論の一つなので、合目的的でなければならない。
西村:お金の流れの速さとか、信用の作り方が変わってきてる。たった1人や2人の起業家に、なぜお金が集まるんですかね。そこがすごいですよね。当然、ビジョンと事業プラン、実装力でしょうけど、金融テクノロジーのおかげっていうのもあるのでしょうか。ポートフォリオ全体でリスクマネーを機関投資家が1、2%ほど割り当てるのは合理的であると。
今野:それは圧倒的にあります。まさにCVC増加の流れがそう。自分たちの新規事業にはあまり予算を出さないのに、ファンドを作る。結局、中にはいないから外から事業の種を発掘しようってことですよね。いい意味でも悪い意味でも、そうせざるを得ない。
人材目的でチームごと買収する事例も
西村:チームに出資して、何年後かに買収するケースだと、事業そのものを買うというより、そういう事業立ち上げができるチームを中に入れたいという、いわゆる人材目的の買収「アクハイア」(acquhire)というのありますよね。
今野:そう、そういう買収事例を担当したことがあります。買い手側から話を聞くと、アントレプレナーシップを会社内で育てるのは、かなりハードルが高いというんです。なぜなら、新卒は上場企業に入ってくるわけで、上場企業に行きたいという安定感を期待してくる人が多いようです。その中でいろいろとプログラムをやっても、実際に起業した方とは同じ歳でも全然成熟度が違う。
西村:買収後に、買収側企業からスタートアップ側に出向してきた人たちにも、事業立ち上げ期の経験は活きるのでしょうか?
今野:活きると思いますよ。私の投資担当先は、その後買い手企業の中で劇的に成長されたと聞いていますが、買収後に役員として買い手企業からジョインした方は当時、24、5歳だったんですよ。彼は自社の既存事業をやっているよりも良い経験をしたはず。いきなり役員になったわけですからね、全然経験が違いますよ。実際、役員就任直後と、その2年後くらいに会ったときには全然たくましさが違ってましたね。シュッとして。
失敗や立ち上げ経験があると筋肉質で無駄がなくなる
西村:グロースを体験するのは「1→10」ですよね。ゼロイチのところで泥水をすするような苦労もやっぱり成長は大きいですか?
今野:それはあります。最近若手起業家でHRTechで注目されている人がいるんですが、もともとはライフスタイル系のサービスをやってたものの立ち行かなくなってね。それで実家のある地方都市にいったん戻って、再起のチャンスをうかがいながらインキュベイト・キャンプ(多数のVCや起業家が参加するアクセラレーター合宿)に参加していた。昔はただのニコニコしてる若者みたいな感じだったのが、何年ぶりかに見たら迫力が全然違いましたね。
西村:若い人の成長差分って大きいですよね。
今野:それもあります。それから、これは、シリアルアントレプレナーがアップサイドにおいてうまくいく理由と同じだと思っています。例えばメルカリでいうと、小泉さん(メルカリ共同創業者で現代表取締役の小泉文明氏)であれば、mixi以上の会社に携わりたいということがあると思うし、進太郎さん(メルカリ創業者で代表取締役会長兼CEOの山田進太郎氏)でいうと、Zyngaに売却したウノウよりも大きくしたいはず。という点で、目線の高さが違うんですよね。ぼくの投資担当先でいえば、Quipper創業者の渡辺雅之さん。渡辺さんはDeNAの共同創業者として立ち上げをやった。今度は、より社会的な要素のあるもので大きなサービス作りたいっていうのが彼の欲求だったと思うのです。
西村:2015年にリクルートがQuipperを買収したときに渡辺さんにはインタビューをしましたけど、やはり、やり甲斐を口にされていました。
今野:シリアルアントレプレナーが、1度目より目線を上げるのと違う意味でね、やり残した経験のある起業家は違ってきます。「1度目以上の成功を成し遂げる」と強く思うので、次にテーマを見つけたときの取り組みに妥協がないんですよね。
西村:落とし穴にハマらないというのもあるんでしょうか。この辺で妥協すると後で痛いめにあうぞ、とか。テーマ設定自体もそうかもしれませんね。本当にやりたいことをやろうと思うようになるとか。
今野:そうそう、無駄がない。すごく筋肉質でね。
スタートアップエコシステムに入る人へのアドバイス
アンラーニングが必須:減点主義は無価値
西村:このインタビューを行っているSTARTUP DBのアジェンダとして、既存産業からより成長性の高い産業へ人材移動を促す、挑戦する人たちを応援するというものがあるのですが、これから起業する人とか、スタートアップエコシステムに入ってくる人に向けたメッセージをいただけませんか。伝統企業、あるいは官僚でもいいんですけど、そういうところから来る人たちに、こういう風に考えを変えた方がいいよとか、何かありますか。
今野:ぼく自身、5年半ほどコンサルをやってこっちに来たときは自信過剰なくらい自信満々だったんですけどね、衝撃を受けて。
西村:何が想像と違いましたか?
今野:自分は何の役にも立たないなって思う時期が、半年から1年くらいあったんです。どんなキャリア、会社にいても、このエコシステムに入ってくる人のほとんどはアンラーニングから始まるんだろうなと思っています。
アンラーニングの柔軟性が必要だよという話と、何をアンラーニングするかという話ですが、一番大きいのは正解がないものを作り出す仕事だっていうのが、ひとつですね。論理的な仕事をしている人は減点主義と言うか、出来て当たり前と言うか、ゴールに対してミスなくどういう手順を踏むかっていう話を考えがちなんです。でも、ベンチャーってご存じの通り、上手くいってる会社であっても、多分10個の施策を打っても1個か2個当たるかどうかみたいな感じなわけです。ましてや、会社自体そのもの上手くいくか分からない。事業も会社も上手くいくかどうかも分からない中で、そこに対して減点主義で物を考える人というのは、全く合わないというか、存在価値がありません。ここは、すごく大事ですね。そこのアンラーニングができるかどうかっていうチャレンジは、大手企業、官僚、コンサル、外資系金融とか、どこから来ても多分あると思う。
出身業種別、アンラーンが必要になるポイント
西村:例えばコンサルだとすでに動いてるビジネスがあって、それを分析して10%の改善案を論理的に導くというようなところがありますか。
今野:おっしゃる通り。アーリーステージのスタートアップって、フレームワークがそれほど役に立たない。フレームワークを当てはめるべきコンテンツがないから困っているのであって。
大手企業向けの問題解決だと、すでに問題がたくさんあって、それを分かりやすく整理するためにフレームワークがある。でもベンチャーは、これから何をやるか、どうやるか、どこからやるかという話なのでフレームワークだけでは役に立たないんですよね。
それから、商社の人だと後ろにアセットがあるかないかでワークする人と、全然しない人がいます。キャッシュがどんどん減ってく中、人が全然いない中で、自ら手を動かしてやっていくわけでね。
外資系金融でいうと、時として会社を銘柄とか、株とかそういう風に見ちゃう人がいるわけ。そんな簡単なもんじゃないわけですね、ベンチャーって。例えばそういう人が入るだけで組織が壊れたりするんです。それぞれの業界、職種、会社ごとにアンラーニングポイントっていうか溶け込みポイントがある。
西村:ゲームのルールが違うと優秀な人でもパフォームしないと。そういうズレに対する知見もGCPさんには溜まってるんでしょうか。
今野:まあ、こういう人は、こういうところに注意した方がいいよとか、そういうのはありますね。
西村:面白いですね。大手メーカー系の人とかどうですか?
今野:大手企業やメーカー系で言うと、スピード感の話は大きいですね。ものごとが整っているか、整っていないか。スタートアップって整っていないんですよ。
西村:何をどうやって作るかも決まってなくて、とりあえずやってみようというところはありますよね。拙速に耐えられない人っていますよね。
今野:いわゆるアジャイル的なね。やってみて戻して、というやり方が合わない人はいますね。
西村:分析するよりも、まずやっちゃう。
今野:ユーザーの声を聞いた方がいいんじゃないっていうのはありますよね。
西村:逆に、コンサルや伝統企業のスキルで適用できるものはないんですか?
今野:今ぼくが言ったのはアーリーステージとかシードステージの話です。ミドルステージやレイターステージ、あるいはIPO向けてとなると、突然コンサル的なスキルの市場価値が上がる。すごく欲しがられる層になるわけですよね。今までカンと経験でやってきたものを、より科学的にやらなきゃいけないよね、という話だったり、1個目の事業が成り立った上で、2本目の柱を作らなきゃいけないよねというときは、より科学的なアプローチ、分析的なアプローチが必要になってくるので、そういう意味ではステージによりますよね。
西村:広く市場を調査分析できる人のほうが、水平展開とか隣接領域へプロダクトを広げるのはうまそうですよね。
スタートアップに向く人、3つのポイント
西村:日本のスタートアップエコシステムの課題としてゼロイチ経験者が少ないっていうのもありますか。
今野:そうですね。以前はリアルにある情報をデジタル化するだけ、新規事業が作れる色んな土地があったって思うんですよ。「何かのオンライン版」みたいななのがいっぱいありました。そういうところはマクロアプローチで行けますよね。
西村:ネットに移行するのは時代の流れだから、当然これも来るだろうというのはありましたよね。個人的には、そういうのに賭けて走り出せるのは、すごいなと思いますが。
今野:だからアクセンチュアとかマッキンゼーだとか、コンサル系の起業ってありましたよね。でも今はそういう人たちだけでは無理で、エンジニアとか特定業界のことよく知ってる人がいたほうがいい。バーティカルSaaSと呼ばれてるところでいうと、業界に詳しい人とコンサルがナンバー2くらいに入ってるようなところがいい。エンジニア系のチームだと、最初のステージからコンサル出身者が活躍しやすいところもあるかもしれない。理由は、AIだIoTだ、なんとかテックだって言うと、より大手企業との連携とか、リアルとの連携とか、大手企業との連携が増えてくる。そういうとき、プロダクトだけの人だとチームとしては足りないかもしれない。
西村:シリコンバレーも、ギークとMBAの両方がいい塩梅にいるから、あれだけ興隆したと言われていますよね。少し別の質問になりますが、アンラーンが必要というのはありつつも、向き不向きで言って、こういう人は大企業でくすぶっているよりスタートアップに来たほうが良いというような資質とかってありますか?
今野:3つほど考えられますね。3つ全部に丸がつかなくても、どこかに刺さればいいと思ってるんですけど。
西村:おお、なんですか?
今野:順不同で言うと、1つは、やっぱり大袈裟だけど「大義」というのは必要です。「なぜやるのか」というのは、すごく必要ですよ。そんなに簡単な話ではないんですよね、ベンチャーを上手く立ち上げるってね。だから「この負を何とか解決したい」とか、「こういう世界を作りたい」とか、ベンチャーキャピタルなら「ベンチャーエコシステムをこうしたい」とか、直感でもいいから、そこの問題認識を持っていないと続きません。
例えば、VCとかって一人前なるのに5年くらいかかりますからね。あんまりプレッシャーをかけても仕方ないけど、生半可なキャリアだと思って来られると、たぶん折れます。
2つめは、人好き、新しいものが好きであること。いわば好奇心ですね。好きこそものの上手なれって、すごくあると思っています。スタートアップ業界は、人よりも早く、人よりも多く手を打つとか、動くことってすごく大事。ニーズがあることって誰でも思いつくので、早く多く上手くやってみる。そういうとき、人と繋がって巻き込むことがすごく好きだとか、新しいことを考えるのが好きだとかという好奇心が大事です。
3つめはキャリア上のタイミングですね。
あるサービスやプロダクトで、ちょっとでもいいと思うものがあるなら、スタートアップの世界に来た方がいいと思うよ、ということがあります。12年前にスタートアップの世界に入って良かったなと思うのは、ここまで盛り上がると思ってなかったということです。2006年ごろって、1億円出資できるファンドは日本にはジャフコさんかGlobisかという感じでしたけど、今やシードでも1億円という話がありますよね。VCファンドが大きく、広くなってるわけですよね。
そういう業界自体が成長するタイミングに縁があって、僕は12年前に入った。波がきたときに先頭にいるということはあります。自分の努力だけじゃない。何が言いたいかというと、タイミングは大事だよということです。その市場や業界が成長すると思えば、早く入っておいた方がいい。混み合ってから入っても旨みが少ない。まだ間に合うというか、まだまだ早い方です。特に30歳前後ぐらいの人は本当に考えた方がいいと思いますね。
1度は持ち場をやりきる経験が大事
西村:ん? なぜ30歳なんですか?
今野:いくつか理由があります。別に25歳でもいいんですけどね。30歳ぐらいの人が考えた方がいいと思うのは、多分そこである程度道が決まっちゃうと思うからです。ある程度ね。中で評価されてグーッと上がってくパスと、外で活躍する道を選ぶのと、選ぶタイミングです。このタイミングで選んでおかないと、より動きにくくなる。それは動いたときのアンラーニングの幅が増えるって言うのも含めて、ですけどね。
西村:逆に25歳とかじゃないんですか?
今野:なぜ25歳じゃダメなのっていうと、1度自分で意思決定したキャリアでやり切るのは経験上大事だと思っているからです。22歳で入って、23歳で「やっぱり違うな」と僕は思ったんだけど、そのときに外に出なくて良かった。しかも、マネージャーノミネートのときにも外に出ず、2年半やった経験も良かった。マネージャーはマネージャーの大変さがあると分かりましたしね。志したからにはコンサルタントとしての一周をやりきる。それを見ないまま辞めなくて良かったなと思います。プロマネをやるやらないは大きな違いがあったから。プロジェクト全体の品質に責任を負うのは全然違いますからね。
西村:プロジェクト全体とチームを見ていた。それは組織としてVCの土台をしっかり作ろうという今の仕事にいきているということですね。
今野:いきますよね。それこそクレーマーで終わらなくて良かった。僕は引き上げてもらったけど、今度は引き上げる方の存在にもなった。そういうことで言うと、早ければ早い方がいいというのはあるけど、特に30歳前後の方々は、よくよく考えた方がいいと思う。
30歳までに3年で2回転というサイクルは、何かを自分が志したところで、小さな成功を持つ持たないで、だいぶ違ったりします。VCってすごくバリューチェーンが長いんですね。ソーシング、デューデリ、コーチング、メンタリング、コンサルタントと何年もかけて見るわけですから。そういう、いろんな職種のいろんな要素がある中で、VC業界に入るまでに「僕はここは得意です」という何かがあるといい。
西村:ここだけは負けない、みたいな。
今野:VCは総合格闘技って僕ら社内で言ってるんですけど、得意技を持っているのが大事ですね。寝技なのか立ち技なのか関節なのかキックなのかパンチなのか分からないけど。なにしろベンチャーって拠り所がないのでね。これは、もしかしたらVCに限らず、いよいよ何かで独り立ちするときに、それまでの5年から8年ぐらいで何をしたかできたか、正しい意思決定をしたか以上に自分の意思決定を正当化できたかって、すごく大事だと思いますね。
西村:一般的なキャリア論としてもコアになる軸を20代で作れ、ということですよね。
学生起業は勧めていません
西村:学生起業はいかがですか?
今野:学生向けに講演をやると「学生起業ってどう思いますか」と質問を良く受けます。そのときの答えは決めていて、「その質問をしてる時点で、やめたほうがいい」と言いますね。なんでかと言うと、本当に起業したい人はもうしています。聞かずにしてる。もちろん、フィージビリティスタディみたいなことはするかもしれないけど、基本的にそういう人は学生起業が向いている。ブイキューブの間下さんやakippaの金谷さんREADYFORの米良さんなどは、良い意味で、事業とご自身がある種一心同体かのような情熱や主体性を持って学生時代に起業されています。
そうじゃなければ、先輩ベンチャーのところに入ってみるのがいいと思う。経営ってどういうことするのかとか、組織ってどうなの、事業の作り方ってどうなのかっていうと、数十人ぐらいの規模の成長著しい会社に入るのが一番いい。左脳で考えちゃう人はね。あんまり規模が大きすぎる会社に入るのもまた別の話で、500人とか1000人というところだと、もう経営が見えないので、あんまり学べないと思う。アカツキの塩田さんやビズリーチの南さん、Yappliの庵原さんなんかは、起業の前に南場さんや三木谷さん、小澤さんという一流の経営者の薫陶を直接的に受けてから起業して成功していますね。
西村:カオスが残っていて、しかもそれがそのまま見えるところですね。
今野:あと、学生起業を見ていると、いろんな物事の進め方や判断軸がどうしても稚拙なときがあるんですよね。純粋に会議の進め方みたいなのからして分かりませんから。
西村:既存企業の会議のやり方が完璧なんてことはないですが、積み上げた方法論ってありますよね。ぼくも数人の学生スタートアップの会議に参加していて驚いたことがあります。2時間ぐらい雑談で。楽しいんですけどね。
今野:そういう仕事の回し方や組織作りを、感覚的にガーッと進めながら自分で設計しちゃう人であれば、どんどんやったらいいと思いますけどね。積み上げ型でキャリアを積み上げて行こうとされる方であれば、キャリアの選択として学生起業は勧めませんね。急がば回れのこともあると。そして、もし学生で起業する場合は、経験値を獲得できる支援者をしっかり作ることが大事だと思います。
西村:もう1度、30歳ぐらいの分岐点前後にいる人に話を戻します。リスクはどう考えればいいですか。
今野:継続性を一定程度は遮断するわけですから、それまでの何かを失うかもしれないという理論上のリスクはあります。ただ、さっき言ったように残ったからって何があるのという議論があるじゃないですか。
西村:「何か起こせるかもしれない」という選択肢を捨てていると考えると、機会損失なのでしょうか。
今野:もちろんCVCとかオープンイノベーションとかもあるので、大企業の中でこのエコシステムと向き合う価値の高いミッションも十分あると思います。ただ、いずれにしても、いよいよスタートアップのような成長するところに関わらないと、事業としても人としてもグロースはないんじゃないですかねっていうことですよね。もうアメリカはご覧の通り、時価総額ベスト5がベンチャーですからね。中国もそうです。
西村:上位企業が総とっかえみたいになってますもんね。
今野:大企業にももちろん機会はあって、日本の場合のオープンイノベーションは、ちょっと違う軸があるかもしれないなって思うのあるんですけどね。トヨタはトヨタのままでトップに居続けるかもしれません。例えば三菱UFJがフィンテックの1番になるとかね。例えばですけど。その中にはM&Aとかオープンイノベーションとかがあって、当然ながら中身は変えなくてはいけないわけですけど。
そうした広い意味でのエコシステムに関わらないと損失が大きいタイミングになってきてるんじゃないですか、というのが一番のメッセージです。
西村:既存企業内にいても新規事業とかCVCとかありますよね。
今野:所属する法人が論点ではない気がする。組織の中で、このエコシステムと向き合うポジションというのもありますよ。ただ、それをやっていたらそこを出たくなることもあるでしょうね。制約が多いことに気づいてしまって。
ただ、エコシステムとの付き合い方はいっぱいあって、大企業の中でそれをやる人もいれば、僕らみたいにピュアな第三者として関わる人もいるわけです。
カジュアルすぎる起業は疑問
今野:関わり方という話に関連していうとね、独立起業こそが全てだっていうのも違う気がするんですよ。いろんな貢献の仕方や関わり方、もしくは事を成すことを前提とした方法論としてのポジションがあるわけでね。トヨタのCVCをやった方が、でかいことできるかもしれない。
西村:そうですね、動かせるお金や組織が全然違います。
今野:そういうポストの数は少ないかもしれないけどね。今は逆に起業がカジュアルすぎてる部分がある。
西村:あれ、それは新鮮な発言です。逆かと思ってました。
今野:今はバブルですからね。学生起業で小さいビジネスをやって10億円でバイアウトしてエンジェルになるというのがいいことだと、必ずしも僕は思っていません。起業するなら、ちゃんと意味があるというか、世の中に痕跡を残すようなプランや大きなテーマで、それを成し遂げるための強いチーム・仲間作りをしたらどうですか?と思いますね。おそらく今後、M&Aエグジットのケースはいろんな意味で増えるかと思いますが、ぜひより世界と戦える強い企業体を作る一環としての大きなM&Aが増えることを期待しています。
学生起業を完全に否定しないのは、2回目や3回目があるからです。ただ、起業こそが全てだとか、どんな人間でも起業すべきだというのは、もしそれが無謀な挑戦だったとき、促す側にも責任があると思いますね。数百億円とか1000億円の会社を作る、後世に残るような会社を作るという、そういう1つの物差しで測ったとき「この起業はカジュアルすぎないか?」ということがあります。私みたいな外野にそういう問いを立てられても、「うるさい!やりたいんだ!」と思える人が起業すれば良いんじゃないかなと思っています(笑)
今は、それでもお金が集まっちゃうからね。でも、そうやって起業した人たちが結果的に苦しんでる現実もあるわけでね。数年前にUSであったのはシリーズAクライシス。シード期にお金が集まって、わっとスタートアップの起業があったけど、ほとんどみんなシリーズAに行けなかった。もっとスマートなやり方あるんじゃないのってことですね。
西村:売上も組織も成長せず、スタートアップが何年も続いてしまう状態をウォーキング・デッドと呼んだりしますが、一方で最近はそうしたチームもM&Aでエグジットするというのが見られますよね。最近だとエンジニア界で有名な人が中心のチームが、M&Aでエグジットしたというのがありました。6年間で8つくらいアプリを出したのかな。これといってスケールしたサービスはなかったようなので、人材目的の買収、いわゆるアクハイアだと思うんですけど、それはそれでひとつの形でしょうか。
今野:チャレンジの結果のセーフティネットだったりしますので、結果論としてそういう機能が働くのはとても重要だと思います。そういった新陳代謝とか流動性が増すのはエコシステムの層を厚くする意味でも、シリアルアントレプレナーが増えるという意味でもポジティブですね。最近思うのは、アイデアとプロダクトとサービスとビジネスはそれぞれ似て非なる概念であって、まさにベンチャー企業のステージ定義と一致していたりするのですが、そのステージによって必要となるケイパビリティが異なるので、それに合った組織、ストラクチャーもいろいろあるということですね。
西村:統計的には、起業の成功率が高いのは若者より経験を積んだ30代や40代だというデータはたくさんありますよね。その意味でも30歳前後の人はキャリアとしてスタートアップエコシステムに関わるかどうかを、よく考えたほうがいいというのが、今回のインタビューでの今野さんのメッセージだったかと思います。成熟国における会社や個人の成長の場は、そこにあるのだからということですね。そのときの関わり方も、自ら起業することだけが全てではないと。今野さん、本日はお話どうもありがとうございました。