金融×インターネットの未来予測– 佐々木大輔(freee)× 高宮慎一
「全ての産業にインターネットが溶け込む未来」インターネットは巨大産業に何を生み出そうとしているのでしょうか。人々の生活をどのように変化していくのか。大変革を前に、私たちはどんな準備と覚悟を持つべきなのでしょうか?巨大産業をインターネットで変えるべく奮闘するトップランナーにグロービス・キャピタル・パートナーズの高宮慎一が迫るSchooのシリーズをダイジェスト版でお届けします。
第二回目に登場するのはfreee株式会社の代表取締役・佐々木大輔氏。巨額の資金調達や多数の金融機関との事業提携を推し進めているfreeeは、近年注目の「FinTech(フィンテック)」の分野で国内最注目のプレイヤーの一つです。
前回:医療×インターネットの未来予測–豊田剛一郎(メドレー)× 高宮慎一
(構成:長谷川リョー)
[佐々木大輔]
freee株式会社 代表取締役。東京、下町育ち。一橋大学商学部卒。データサイエンス専攻。一橋大学派遣留学生として、ストックホルム経済大学(スウェーデン)に在籍。大学在学時よりインターネットリサーチ会社のインタースコープ(経営統合を経て、現在はマクロミル)にてインターン/契約社員としてリサーチ集計システムや新しいマーケティングリサーチ手法を開発。卒業後は博報堂にて、マーケティングプランナーとしてクライアントへのマーケティング戦略の立案に従事する。
この後未公開株式投資ファーム CLSA キャピタルパートナーズでの投資アナリストを経て、株式会社ALBERTの執行役員に就任。企業財務や資金調達を管理すると同時に、主力商品となるレコメンデーションエンジン、「おまかせ!ログレコメンダー」の開発を手がける。
2008年に Google に参画。日本におけるマーケティング戦略立案、Google マップのパートナーシップ開発や、日本およびアジア・パシフィック地域における中小企業向けのマーケティングの統括を担当。中小企業セグメントにおけるアジアでのGoogleのビジネスおよび組織の拡大を推進した。この後、freee 株式会社を創業。
[高宮慎一]
ベンチャーキャピタリスト。戦略コンサルティング会社アーサー・D・リトルにて事業戦略やイノベーション戦略立案などをチームリーダーとして主導した後、グロービス・キャピタル・パートナーズに参画。コンシューマ・インターネット領域の投資を担当する。主な支援先には、アイスタイル、ナナピ、カヤック、ピクスタ、メルカリ、ランサーズなど。最近注目しているのは魚釣り、金魚すくい。
「スモールビジネスに携わるすべての人が創造的な活動にフォーカスできるよう」をビジョンに掲げるfreeeは4年半前の創業以来、これまで100億円近い資金調達を行いながら、現在まで約300名の会社へと急成長を遂げている。主に中小企業や個人事業主向けに、バックオフィスの自動化を行うサービスを提供。「クラウド会計ソフト freee」から始まり、現在では企業のライフサイクルに合わせた、フェーズごとのサービスを提供している。
創業期には「開業 freee」や「会社設立 freee」を、成長期には「クラウド給与計算ソフト freee」や「クラウド会計ソフト freee」を、そして成熟期には会計データを用いて提携金融機関からの融資をサポートするサービスをユーザーは利用することができるのだ。例えば、freeeの主力プロダクトである「クラウド会計ソフト freee」を使うことで請求書の発行や管理、さらには銀行やクレジットカードの口座と連携し、そこからデータを引っ張ってくることで、人工知能が帳簿を自動作成することが特徴となっている。こうしたサービスを通じ、バックオフィス業務を自動化していくことをfreeeは目指している。
成熟期の企業を支える機能を強化すべく、freeeでは金融機関とのパートナーシップを推進し、2017年1月現在で17行と提携を結んでいる(2017年6月時点で18行と提携)。銀行との提携を通じて新たなサービスを開発したり、新しい決済サービス、融資サービスの開発提供を行っているという。
その一例に、freeeを活用することで融資を受けるまでのプロセスを効率化するといった活用法がある。これまでの与信審査では試算表や決算書、さらに過去何期分かの紙書類を提出するプロセスが必要だった。freeeの中に入っているデータを銀行のシステムと直接つなぎ込むことにより、今まで与信に必要だったデータのやり取りが完全にオンライン上で完結するのだ。これにより企業は面倒な融資のプロセスから解放される一方、銀行にとっても融資にかかるコストが下がる。
今までは融資を受けることが難しかった小さなビジネスでも融資を受けることが可能になったり、より有利な条件で融資を受けることができるようになった。
人工知能CFOにより、スモールビジネスの未来を支えたい
私たち一般の生活者が日常生活において最も身近に疑問を覚えることの一つに、ATMでの利用手数料があるだろう。これは何も些細なことではなく、佐々木氏は「重要な問題である」と述べる。例えば、米国のAmazonからある商品を注文したとする。法外な海外送金料を取られることもなく、数日後には注文した商品が届く。
一方で、リアルな現金のやり取りが行われることのない、データの付け替えの方が時間やコストがかかるのか。これがフィンテックを考える上で一つの重要なポイントになると佐々木氏は指摘する。
佐々木:Uberを使えば、あらかじめ行き先を伝えてスマホでタクシーを呼べて、到着したらお金をその場で払う必要すらありません。あるいはGoogle Photoを使えば、色んな人の顔を自動で整理してくれる。テクノロジーを活用したITサービスが私たちの日常生活で当たり前になりつつある中で、なぜATMに並んでいたり、現金管理をしたり、お金が振り込まれる翌朝まで待たなければいけないのか。こうした疑問に対するギャップを埋めていくのが「FinTech(フィンテック)」の真髄だと考えています。
学生時代に佐々木氏が住んでいたというスウェーデンでは国家としてキャッシュレス化が進んでいる。キャッシュレス化が進むことによるメリットは計り知れない。例えばビジネスをやっている人にとってはすべての経理業務が自動化されるし、個人にとっても家計簿の管理が圧倒的に簡単になる。それに伴い申告も容易になるだろう。取引の透明性も上がるため、社会全体のコストが下がっていくのだ。このようにメリットが大きいため、日本においても世の中はそうした方向に向かっていくのではないかと佐々木氏はいう。また、フィンテックが進行していくことにより、銀行の役割も二極化していくという見立てを立てる。
佐々木:今後も銀行の役割は人的なサービスがすごく重要になっていく側面と、テクノロジーを駆使してより深くデータの世界に入っていくというふうに二極化していくと思います。トレーディングの世界ではすでに何年も前からアルゴリズムがトレーディングをすることが当たり前です。
事業者としての立場から、フィンテックにおける最重要項目として佐々木氏が挙げるのが融資の効率化だ。
佐々木:これまで銀行が融資業務を行う場合には、「定量的判断」と「定性的判断」の両方が行われていました。定量的判断はいわゆる財務データを分析し、ビジネスは健全なのか、融資を行った場合のリスクはどれくらいかを量ります。しかし、データが粉飾されるなどのケースもあり、これだけでは万全ではないため、定性的な判断も行われることになります。担当が実地でビジネスを見にいく。あるいはそこで面談を行うことで、経営者の人柄や周囲からの評判を情報として集めた上で判断を下すのです。先ほど銀行の業務は二極化していくのではないかと述べましたが、テクノロジーの方向に深化していく流れが「トランザクションレンディング」と呼ばれる方向性。これは定量的な判断だけに頼って融資を実現していこうというものです。
仮に貸し倒れが起こってしまっても、一定のリスクは許容した上で、人工知能が過去の失敗を学習して、モデルを賢くしていく。ここで私たちのようなクラウド会計ソフトの財務データを使えば、「これは銀行の残高と一致しているので、正しいデータと言えるのではないか」といったことが定量的に判断できることになります。このような、人工知能で融資に関する業務を自動化していく流れが一つあります。定量的判断を機械が終わらせてしまうことで、人間にしかできない定性的与信業務も効率化していくはずです。
このように、未来の銀行業務は二極化していくのではないかというのが佐々木氏の見立てだ。そうした中にあって、freeeとしても最終的には人工知能CFOがあらゆるビジネスの意思決定と資金繰りの問題をサポートしていくサービスを提供したいと考えているという。
佐々木:このように、未来の銀行業務は二極化していくのではないかというのが佐々木氏の見立てだ。そうした中にあって、freeeとしても最終的には人工知能CFOがあらゆるビジネスの意思決定と資金繰りの問題をサポートしていくサービスを提供したいと考えているという。
日本でも加速する銀行API開放への動き
ここから生放送中に寄せられた受講生のコメントを元に、モデレーターを務めたグロービス・キャピタル・パートナーズの高宮慎一を交えてディスカッションが行われた。
高宮:freeeではフィンテックのど本命でもある中小企業をターゲットにされているので、まずはそこを深堀りさせてください。一般的に中小企業は数も多く、市場も大きいですが、個々が小さくて分散しています。そのため営業コストもかさみ、これまでは誰も取りきれなかった。freeeではそこに対して、どうやって営業やマーケをスケールさせていったのでしょうか?
佐々木:これまで中小企業向けの会計ソフトの主力チャネルは量販店でした。今ではその流れが変わってきており、僕たちの場合は自分たちのウェブサイトで申し込んでもらい、販売しています。料金体系も月額980円からと非常に安く手に入るようになっています。オンライン上でのマーケティングに特化し、販売してきたのが特徴的なところでしょうか。
高宮:フィンテックの文脈で、freeeでは具体的にどういったテクノロジーを活用して、事業のスケールを考えていますか?
佐々木:テクノロジーのキーワードとしてはやっぱり「人工知能」が一つ大きくあると思っています。人工知能によって与信業務は改善できると思いますし、財務データを活用して経営のアドバイスにも生かしていきたいです。加えて、すでに起こりつつあることですが、freeeのユーザーさん同士が様々な取引をしています。あたかもAmazonのワンクリックでモノを買うようなBtoBの取引が成立し始めているということなんです。そうなると決済では今までの通貨のみならず、ビットコインのような仮想通貨を使うことも可能になってくるので、取引のあり方そのものが今後変化していく可能性を秘めています。
高宮:インターネットをデータの流通コストが極小化する流通チャネルと捉えると、お金の取引がデータのやり取りの形をとるようになってくることで、取引データの流れそのものがインターネットの相似形のようになってくると感じています。今までの銀行を中心とした金融機関はあまりウェブ系の技術ではなかったからこそ、ベンチャーにチャンスがあるといったことはあるのでしょうか?
佐々木:まさに今起こっている銀行API開放の流れがあります。国内でも具体的な法案になりつつあるところですが、ヨーロッパでは義務化されているんです。(編注:改正銀行法が2017年5月26日、参議院本会議で可決、成立した)APIを開放することで、第三者が銀行の決済機能や口座の中に入っているデータを参照し、提供するアプリケーションを様々な会社が作れるようにするという動きですね。これが日本でも実現することで、銀行では作れないニッチなニーズを満たすアプリケーションをスタートアップが作れるようになっていく。あるいは銀行ではなかなか発想できないUXのアプリケーションを提供できるようになっていくと思います。
公衆電話が姿を消したように、ATMもなくなっていく
高宮:フィンテックによる変化で、我々の個人レベルの生活はどのように変わっていくのでしょうか。日本はまだまだ現金社会でかつ、個人のファイナンスのリテラシーが低いので、金利がほとんどないにも関わらず銀行に預金している人が数多くいます。フィンテック時代に我々が個人として何か気をつけるべきことはありますか?
佐々木:海外では資産運用を自動化しようという「ロボットアドバイザー」というビジネスがすでに大きなビジネスセグメントになっています。多種多様な会社が乱立し、すごい競争が行われているのが現状です。加えて、中国では「WeChat Pay」のようなもので決済することが当たり前になってきているのに、日本では現金取引が主流なまま。世界の先進国と比べたときのラグというかギャップはありますよね。
『地球の歩き方』なんかにもATMの情報が載っていたりしますが、むしろ海外では現金を持ち歩かないことが当たり前になりつつあります。例えばケニアではスマホ決済率がほとんどを占めているそうです。日本で公衆電話を探すのが難しいことを考えるイメージがつきやすいかもしれません。いずれ他国に行って、ATMを探そうとしたときに、公衆電話を探すのと同じくらい難しい状況が訪れてもなんら不思議はないと思います。
高宮:先ほどfreeeのプラットフォーム上でデータのトランザクションが行われているという話がありましたが、これは実質貨幣の役割をなしているということですよね。価値が保存され、交換されて価値の尺度になっている。中央銀行の機能のような性格を帯びてくるようになると、国が貨幣をコントロールすることなく、独占的なインフラになった企業が貨幣を発行しコントロールする機能のようになります。資本主義の権化のようなテクノロジーで利益を追求するコンテクストで出てきたフィンテックが自己矛盾的に資本主義そのもののインフラのあり方を変えてしまうかもしれない。この先はどうなっていくと思いますか?
佐々木:資本主義というよりは、貨幣経済がどうなるかということですよね。通貨の条件には信頼や利便性がありますが、その条件に一番見合った通貨が生き残っていくだろうと思うんです。それが仮想通貨であっても、米ドルであっても、日本円であっても同列に並んでしまう。インターネットによって現物の物々交換ができるようなところまで行くとすれば、貨幣とはそもそも何なのかということを考える必要は出てきます。
高宮:貝から銅に、そして紙っぺらへ。そして今ではオンライン上のデータになったことで、リアルな物質がなくなりつつあります。完全にデータのやりとりだけになれば、総流通量が最適化された世界になるんですかね?
佐々木:流通量は減るというメリットは大きいですよね。金庫もいらなくなるし。
高宮:そうなるとFX業者が自分の中の取引で、お客の取引と逆の取引をしている人を相殺して、中間の業者が儲かるといった中央銀行的な機能を持てるフィンテック機能がでてくる可能性もある。
佐々木:ただし、それは国家並みの信用力が求められますよね。でも例えば超小国とGoogleのどっちを信用できるんだという難しい問題になってきます。
高宮:もはやGoogleかもしれない。
フィンテックは金融サービスが抱える「負」を解消していく
生放送の視聴者より、「会計管理の情報を握っていることが強みだと思うが、今後そうした情報を活用したサービスの拡張をどのように考えているか?」という質問が投げかけられた。
佐々木:先ほど言ったように、融資をはじめとした資金繰りに対するソリューションというのは提供していきたいと考えています。逆に、そうした情報を売るといったことは絶対にやりません。信用があってこそのビジネスというか、サービスだと思っているので。
高宮:この質問はAI時代には鋭い質問だと思っています。AIが精度の高いエンジンになるためには大量のビッグデータを食わせる必要がある。そのデータが個社や個人のデータになってしまえば、個人情報保護やクライアントの守秘義務の観点から難しい。それでも、汎用化した一般的なデータとしてプロセッシングすると、すごく競争優位になると思います。例えば業界の共通の財務パターンを見つけて、それをベースに業界向けに特化したソリューションを出すといったビッグデータの活用は考えていらっしゃいますか?
佐々木:やっぱり使っているユーザーにダイレクトに役に立つものが重要な気がしているんです。個人的には「この業界が分かりやすくなるよ」といった情報提供を行うのは少し違うのかなという気がしています。信頼性という観点でも、使っているユーザーに対してのベネフィットで返ってこないことには、プラットフォームの信頼が失われてしまうのではないかと。
高宮:ビッグデータというよりも、個社のデータマイニングに活用するということですね。最後に改めて、佐々木さんが考える「フィンテック」の範囲というか定義を教えてくれますか?今世の中では金融関連でインターネットやITを使っていればフィンテックというように、バズワード的に漠然と使われている印象があります。
佐々木:僕が思っているのは、現状の金融サービスに対して現在利用可能な技術があれば、「こうなって当たり前だよね」というギャップをひとまず解消する動きは全般フィンテックと言っていいのではないかと思っています。もちろん期待されているユーザーエクスペリエンスを押さえた上で、金融サービスのギャップを解消する方向で動いているのかが重要です。金融機関にかかる開発コストが上がりつつあるので、銀行が無理やり投資をして、ユーザーペリエンスを上げたとしても、それは誰かに転嫁されてしまいます。つまり総合的なユーザーペリエンスは上がっていないかもしれないのです。なので、本当の意味で良い方向に向かっているのかどうかを実現するのがフィンテックなのではないかと思います。
次回のテーマは「社会保障制度×インターネットの未来予測(株式会社KUFU)」。フィンテックと並んで注目を浴びる「HRテック」に焦点を当て、企業内での人材の採用、育成、評価がAIをはじめとしたテクノロジーでどう変わっていくのか。「SmartHR」を運営する宮田昇始氏と共に「アナログな手続き」の進化を考えます。
コンテンツ提供元:Schoo
シリーズ「巨大産業はインターネットでどう変わるか」の全編視聴はこちらから。
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