改善ではなく、事業の進化にコミット。VCと起業家の関係すら進化させる。
キュレーションメディアの台頭と衰退、オウンドメディアブームの勃興ーー。ここ数年を振り返るだけで、メディアビジネスには多様な動きがあった。誰もがテレビや新聞から情報を入手していたマスメディア時代が終焉を迎え、スマートフォンによって欲しい情報を誰もが手にできるソーシャルメディア時代が隆盛を極めている。
そうしたスマホ時代のメディア文化を育んできた企業がある。ローンチ5ヶ月後に3,000万PVを記録し、今もなお躍進を続けるTABI LABOだ。グロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、GCP)の湯浅エムレ秀和がシード期に投資を行ってから3年以上が経過し、ビジネスモデルは進化を続けている。
代表の久志尚太郎氏は、数年後の自社の姿を「1960年にロックが世の中に大きな影響をあたえ文化として定着したように、僕たちTABI LABOも文化になっている」と語る。メディアビジネスの枠を越えるための壮大なVISION、急拡大する組織を統率する「ランチパーティー」や「焚き火合宿」など、久志氏のユニークな手腕について話を伺った。
「一緒に危機を乗り越えたい」ーー投資の決定要因は、事業ではなく“人”だった
ーー湯浅さんがGCPに参入して最初に投資を手がけた案件がTABI LABOだとお伺いしております。久志さんとGCPの出会いについてお伺いできますでしょうか?
TABI LABO代表取締役 久志尚太郎氏
久志尚太郎(以下、久志):GCPで初めてお会いしたのは、エムレさんではなく仮屋薗(仮屋薗聡一)さんでした。僕と仮屋薗さんはお互いにサーフィンやSUPが好きなのですが、仮屋薗さんが「人生で一番いい波は、宮崎だった」と仰っていたんです。
僕は以前宮崎に住んでいたので、仮屋薗さんがサーフィンをしていた場所を知っています。文字通り「秘境」という表現が当てはまる、非常にマニアックな場所です。僕はその話を聞いていて、仮屋薗さんをベンチャーキャピタルとしての投資業だけではなく、遊びもわかるめちゃくちゃおもしろい人だと思いました。上辺で語らない人だと思ったんですよね。その瞬間から、GCPと組んで事業を進めていきたいと思いました。
エムレさんは仮屋薗さんに紹介してもらったんです。第一印象は、「こんな人いるのか?」というくらいに好青年(笑)。ビールを飲みながら事業の話をしていて、その場で「一緒にやろう」と盛り上がりました。
湯浅エムレ秀和
湯浅エムレ秀和(以下、湯浅):久志さんと出会ったのは2014年の夏です。初見で投資することを決め、準備を進めました。ただ、投資検討プロセスの最中にウェブ上で炎上してしまったんです。しかし、僕の目には、久志さんが「きっと将来、何かを成し遂げる人」に映りました。なので、この危機も一緒に乗り越えていきたいと思えたんです。
もちろん事業的な魅力もありました。多くのメディアスタートアップに投資しているGCPとしては、プラットフォーマーであるスマートニュースのような立ち位置に加え、特定の領域で濃いコミュニティを形成しコアなユーザーをグリップするバーチカルメディアの立ち位置の可能性も感じていました。特に、当時は大手広告主がブランディング広告を出稿できるWebメディアがほとんどなく、そのドメインで戦える見込みがあるのは、TABI LABOだけだと思いました。
久志:本当にたくさんの方にご迷惑をおかけして、、創業以来最大のピンチだったと思います。ただ、投資家の方達が信じてついてきてくれたんですよね。なので、僕にとって投資額がいくらかではなくて、仲間として一緒につくっていけるのか?がものすごく大事なことでした。
急拡大の歪みを解消するのは“手作りのランチ”ーーTABI LABO流チームビルディングとは?
ーー事業についてもお伺いさせてください。先ほどエムレさんが「戦える見込みがあるのは、TABI LABOだけでした」と仰っていましたが、現在はどのような事業を展開されているのでしょうか?
久志:大きく分けて、メディア事業とブランドスタジオ事業の2つです。ブランドスタジオとは、メディアが有する知見を用いてスマートフォンを軸にしたトータルプロモーションを提案する事業のこと。
日本のメディアは、スマホに最適化した記事を作成することでPVを伸ばすことが主なビジネス戦略でしたが、アメリカではブランドスタジオ事業が“メディア革命”を起こしていたんです。
TABI LABOはブランドスタジオ事業にいち早く着手しました。メディアにバナーを掲載したり、ネイティブアドを制作するのではなく、日本ではまだ誰も持っていないビジネスモデルを育ててきたんです。
従来は大手広告代理店が手がけてきたマスメディア向けの広告とは違う形で、時代に合った新たなクリエイティブを提案して広告主のブランド価値向上を総合的にお手伝いすることでナショナルクライアントさまとタッグを組んでいます。
ーーTABI LABOが独自のポジションを築き上げられたのはなぜでしょうか?
久志:とにかく文化を大切にしているからだと思います。TABI LABOの世界観をブラさない為に、創業時から社内で創意工夫を続けています。
たとえば現在、オフィスの一部が一般の方も自由に使えるカフェイベントスペース・BPMになっていますが、このスペースでは、社員がランチを作っていたり、クライアント様との打ち合わせがあったり、普通にカフェ利用のお客様にご利用いただいたり、社員が仕事をしていたり、意図的に別々の目的をもった方々が同じ場所に集うように設計しています。異なる価値観や目的をもった人が交差することで、それぞれのクリエイティビティを刺激するしかけなんです。ここBPMはオフィスの一部なのに、時々ジャズやジャムバンドのライブもやったりしているのでんですよね。
ーーTABI LABOは創業以来拡大を続けていますが、組織が大きくなっても世界観がブレないために、どのような施策を打っているのでしょうか?
久志:先ほどお話しした社員がランチを作る取り組みもその一つです。週に2回、異なる部署のメンバーを集めて料理を作ってもらい、ほかの社員がそのご飯をたべます。一緒に料理を作ることで接点が生まれ、その人の仕事の進め方やコミュニケーションの癖などの
理解が深まるんです。「同じ釜の飯を食う」という言葉があるように、食事を共にすると結束していくんです。
毎月末に「Last Friday Meetup Party」 と称してビジネスパートナー、家族や恋人、友人などをゲストに招いたパーティーを行うのですが、そこで提供する料理も基本全てが手作りです。
僕たちはコンテンツビジネスを手がけているので、「コンテンツを作って、お客様に喜んでいただくこと」が基本じゃないですか。ランチ然り、「Last Friday Meetup Party」然り、それを体現しているだけなんです。
BPMには、TABI LABOが掲げる「欲しいものは、自分たちでつくる」という文化を象徴するかように、“WE CREATE WHAT WE WANT”の文字が描かれている
久志:また改めて「チームビルディング」を行わなくても、普段からこうして全社で結束する設計をしていれば、自然とチームが強くなっていくんです。組織が急成長するときに生まれる歪みは、他社同様に弊社にも起こり得ます。ただ、こうした取り組みが、齟齬を少なくしているのは間違いありません。ただ、当たり前にあるべき制度や目標がなかったりするので、そのあたりは急ピッチで制度をととのえているところです。
湯浅:全社での合宿なども行なっていますよね?
久志:全社では年に2回ほど「焚き火合宿」を行なっています。全社員で合宿に出かけ、ただ焚き火を囲むんです。焚き火って、人類最大のイノベーションじゃないですか。焚き火って人を癒やしたりオープンにする効果があるんです。僕ら人類はずっと昔から火を囲んで、癒やされたり、結束力を高めたりしてきました。
合宿と名前をつけていますが、経営理念や数字の話には一切触れないんです。好きなことを自由に話すだけです。そして別に話さなくてもいい。
日々の業務に一生懸命向き合うことは大切です。ただ、何かを生み出すときって、別に机の上で考えてれば生まれるわけじゃないので、日常から離れたこういう体験が大切だって思うんですよね。
改善だけにとらわれるのは、ダサい
湯浅:TABI LABOは、ミッションに「情報技術と表現技法で人々の意識と感覚を覚醒させる」と掲げていますが、ランチや焚き火合宿もVISIONを達成する手段になっているわけですよね。
久志:おっしゃる通りです。そもそも僕は、成長や改善はとても大切だと思うのですが、それだけにとらわれるのはダサいと思っています。自分たちが気づいていなかった可能性に気づく瞬間、求めるべきは、「覚醒=進化」です。僕らはメディアを運営していますが、ただPVだけをKPIに置いていたら、100の次は200、その次は300…と成長することしかできません。
もちろんPVは大切な指標ですが、その発想からBPMが生まれることはないのです。成長や改善よりも、進化を求めることが大事だと思っています。
湯浅:実際に「覚醒」する人もいるんですか?
久志:営業経験なしで入社した社員がいきなり数百万円単位の契約を取ってきたり、「TABI LABOが好きです」という理由だけで入社した社員も、今では引っ張りだこのカメラマンになっています。こうした事例は、改善だけを追い求める発想では生まれなかったはずです。でも、日々進化するために、めちゃくちゃ細かいPDCAというか、改善を実施してるんですけどね(笑)。
ーー湯浅さんの投資先の中でも、TABI LABOのような会社は珍しいのではないでしょうか?
湯浅:「人と同じでは面白くない」、「自分たちのやり方でビジネスを極めていく」といった視点がユニークだと思います。社内のクリエイターたちも、その視点を象徴するかのように、一人一人のカラーが異なります。
また、TABI LABOは投資家との関係性にも特徴があります。僕が色々知ってる限り、TABI LABOは日本の中でも投資家を使うのが非常に上手なスタートアップです。毎日のようにコミュニケーションをとりますし、早朝開催してまで週1回は投資家を集めてミーティングしています。。
何がすごいかといえば、参加する投資家たちも、仕事といえども楽しんでいる点です。僕自身、「呼ばれたから行く」のではなく、色んな投資家が楽しくやっている。もちろん仕事なんですが、「やりたいからやっている」という状況を作っているんです。
久志:大前提として、僕は投資家の方を心の底から仲間だと思っています。たとえば立場上の関係性が社外取締役だったとしても、社外の人だとは微塵も思っていません。ありったけのリスペクトを込め、「凄い投資家・未熟な起業家」という縦の関係性を無くして、同じ船にのる対等な仲間として一緒に経営していきたいのです。
湯浅:スタートアップはリソースが限られている企業が多いので、優先順位をつけて外から順次リソースをかき集めて進めていくのが通例だと思います。僕には、久志さんが、いい意味で投資家もリソースだと捉えているように映ります。
投資家の人たちがそれぞれ、「あなたは海外担当、あなたは財務担当」と割り振られているんですよね(笑)。ただ僕も、先ほど久志さんが言った「凄い投資家・未熟な起業家」な関係性になるのは嫌なんです。今の関わり方は「役に立てている」ことを実感でき、ベンチャーキャピタリスト冥利に尽きると思っています。
湯浅:僕が投資を担当している案件の中でも、TABI LABOほど踏み込んで経営に携わっている会社は中々ありません。というのは、久志さんが全てをオープンにした状態で対話をしてくれるからだと思っています。
久志:経営陣だけではなく、社員にも投資家の方にフィードバックをいただくようにお願いしています。社員のモチベーションも高まりますし、何より信頼関係が生まれます。起業家の人たちが、「投資家は何もしてくれない」と文句を言っているシーンに出会うこともあります。僕はそうは思っていません。特にGCPは、一緒になって会社を経営してくれているようにも感じています。エムレさんがうちの社員と遊びにいったり、そんな関係性もすごく良いと思っています。
事業拡大ではなく、TABI LABOが見据える5年先の“進化”
ーーTABI LABOは、今後どのように事業展開をされていくのでしょうか?
久志:「上場を目指すのか、もしくはエグジットするのか」という話がよくされますが、僕たちのVISIONは、既定路線や与えられたものを盲目的に消費するのではなく、可能性にあふれた世界を創るために、世の中にたくさんの驚きや発見を提供し、新しいスタンダードになるようなムーブメントを創ることです。
そして、その先に「人々を覚醒させる」というMISSIONが存在しています。つまり改善や成長ではなく、僕たちですらまだ見えていない何者かにならなければならないと思っています。
そのために、僕たち自身が覚醒する必要があります。今の事業をスケールさせることも大事ですが、メディアの枠を超えていきたいんです。
湯浅:たとえば、TABI LABOは5年後にどのような姿になっていると思いますか?
久志:1つのシーンとして捉えられてると思います。たとえば、50年代のビートジェネレーション、60年代のロック、今だとEDMとか、時代が経過しても色あせない文化をつくっていきたいと思っています。
湯浅:そうした文化をつくっていく仲間には、どういった人が合うのでしょうか?
久志:一言で言うなら、「時代の流れを読み取れる人」ですね。今は変化が激しい時代です。さまざまな情報や体験から次の時代がどうなって行くのかを考えることできるのは必須だと思います。
またアウトプットに徹底的にこだわれて、それでいて変化に寛容な人だと嬉しいです。「変われない」人はTABI LABOには合わないんです。自分のアウトプットに誇りを持ちつつ、過去の作品に縛られることなく、常に自分をアップデートする勇気を持っている人でなければいけないと思っています。
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