CVCの雄、YJキャピタルの秘密コンセプトに迫る–戸祭陽介×渡邉佑規 VC対談
起業家の数が着実に増え、ベンチャーエコシステムが形成されつつある日本だが、まだまだ投資家の数が足りていないのが現状だ。VC各社が採用活動を強化しているものの、仕事の中身や魅力を業界の外にいる求職者に伝えるのは難しい。また、起業家にとって資金調達をする際、どのVCから資金調達するかは大きな判断ではあるものの、VCによって異なる特徴を投資を受ける前から把握することは難しい。
本連載では、グロービス・キャピタル・パートナーズ プリンシパルの渡邉佑規と日本の主要VCに在籍する投資家が対談を行い、将来のVCの成り手や起業家に、VC各社に関する適切な生の情報をお届けする。
連載初回はYJキャピタル株式会社取締役副社長 戸祭陽介氏をゲストに迎え、ヤフーがCVCを設立した背景、イノベーションのジレンマを防ぐ独立したガバナンス、大成するキャピタリストの条件まで幅広くお話を伺った。
CVCに求められる役割とは?キャピタルゲインだけではないYJキャピタルの存在意義
YJキャピタル株式会社取締役副社長 戸祭陽介氏
渡邉佑規(以下、渡邉):まず初めに、戸祭さんのキャリアをお伺いしてもよろしいでしょうか?
戸祭陽介(以下、戸祭):新卒で大和証券グループのベンチャーキャピタル(現在の大和企業投資)に入社しました。しかし入社直後にバブル崩壊の影響で、大和証券に出向、IPO主幹事営業をやることになり、そこで、証券や市場の仕組みを学びました。その後、縁あって、あおぞら銀行のベンチャー投資部門に参画し、投資事業の組織設計や業務フロー設計に関わったり、傘下のバイアウトファンドの投資先に派遣されるなどの経験を積みました。そして、現職のヤフーに転職。M&A関係の業務を行った後、YJキャピタルの企画・立ち上げを行い、現在、運営に携わっています。
キャピタリストとしてのトラックレコードとしては、YJキャピタル設立以前のものから合わせて10数件あって、古いところではファンコミュニケーションズ、最近だとレアジョブ、Aiming、Gamewithあたりが比較的有名なところです。
渡邉:戸祭さんは、浮き沈みの激しいマーケットの中で、あらゆる局面で実績を残されている数少ない投資家だと認識しています(実際、個人的にも2件の共同投資を行い、いずれもIPOを実現)。何より、YJキャピタルが設立された2012年は、市場が好況とはいえない時期でした。当時、CVC(投資事業を主体としない事業会社の投資部門、もしくはその傘下にある事業会社)に参入する際は、どのような意思決定がなされたのでしょうか?
戸祭:ちょうどヤフー経営陣の交代があり、新しいことに積極的に取り組んでいく流れの中で、ベンチャーキャピタルに挑戦するという話になりました。旧経営陣の時代は、M&Aは比較的積極的に行っていたのですが、ベンチャーへの投資はあまり積極的ではありませんでした。ベンチャーキャピタルを立ち上げることで、ヤフー本体の投資と相互に補完しあいながら事業成長を促進する狙いがありました。そのあたりは、ヤフーの親会社であるソフトバンクグループの投資戦略とも通じるものがあると思います。
渡邉佑規
渡邉:YJキャピタルが運用しているファンドは複数がありますが、それぞれ運用方針に違いなどはあるのでしょうか?
戸祭:VCはYJキャピタルのみになります。ファンドとしては3本ありますが、1号、2号ファンドはキャピタルゲインを得ることと、ヤフーとのシナジー効果の両方を狙った位置づけとなります。一方で、3号ファンドであるYJテックファンドは、技術分野でヤフーとのシナジー効果を生むことにより重きをおいています。
渡邉:CVCが目的の異なるファンドを運用するのは珍しいですよね。YJテックファンドの設立の背景をより詳しく教えてもらえますか?
戸祭:時代の流れとして、セキュリティやデータ関係のテクノロジーの重要性が増す中、ヤフーグループとしてもその分野のR&Dに注力する必要性が出てきたことが背景にあります。その手法の一つとして目的を絞ったファンドを設立することとなりました。YJキャピタルが業務系の運用を行い、ファインディングや投資判断にはヤフーも関わりながらデータや情報セキュリティー分野の情報収集、投資を強化しようという立て付けです。
渡邉:なるほど。対して我々GCPは独立系のVCで、主に国内外の機関投資家のお金をお預かりして運用しています。投資先の企業価値を最大化させることによってキャピタルゲインを創出し、投資家にリターンをお返しするというのが我々の役割です。メンバーは、VCを通じた産業育成やイノベーション創出にモチベーションを感じている者が多いですね。ところで、YJキャピタルのホームページは、メンバーの紹介ページが特徴的ですよね(笑)。なぜあのような仕様になったのでしょうか?
YJキャピタルのHPより
戸祭:YJ2号が立ち上がったとき、海外にも投資対象に広げることになり、その際、当事の代表の小澤から「どうせなら目立つことをやろう」と話しが出たのきっかけです。当初はプロレスラーの格好にするなど、いろいろなアイデアがありましたが、結局、現在の形に落ち着きました(笑)。
“イノベーションのジレンマ”を防ぐには?YJキャピタルは、ヤフーの成長を支える遊軍となる
渡邉:御社のポートフォリオを拝見させていただく限り、圧倒的な投資成功確率を収めているのではないかと思います。GCPも成功確率の高さには自信を持っていますが、勝ちパターンに両社の違いがあると思います。成功する秘訣は何かありますか?
戸祭:実績としては、1号ファンドは19社投資し、9社がIPO、1社がグループ会社への譲渡によりイグジットしています。成功する秘訣というのは無いのですが、1号は主にシリーズA以降の企業を中心に投資していたので、実績を見ることで、ある程度、先々の成長を予想できたのが大きな要因です。
また、私個人としての事業の見方をお話すると、ユーザー獲得、サービス提供、売上というような、小さなビジネスサイクルを繰り返し回し続けることで会社が大きくなっていくと考えているので、そのビジネスサイクルがどの程度の完成度で、作られているかという点に注目して投資判断をしています。
渡邉:GCPの場合は、起業家との密度の濃いコミュニケーションを通じて、投資仮説(担当者として何にかけているのか)やGrowth Storyを起業家と膝詰めで練っていくスタイルをとっています。分水嶺となるのは、経営チームのポテンシャルを見極めるためのマネジメントプレゼンテーションで、ここでのディスカッションを通じた人物・チームに関する洞察により、ヒト(経営チーム)を外すことが少なく、成功確率が上がっているのではないかと思っています。御社の場合、高い勝率を維持できている要因として、ヤフーの持つケイパビリティを活かし、有効なデューデリジェンス及び投資後の支援による価値を生んでいるのではないかという仮説を持っていますが、いかがでしょう?
戸祭:IT・インターネットに関する知見が深いのは強みの一つだと思います。例えば、アドテク関連事業に投資する際には社内の広告部門にリファレンスを取りますし、ネット系サービスでも、ヤフーで類似サービスがあれば、ヒアリングしたり、比較したりすることもできます。
渡邉:GCPもレファレンスには手間と時間をかけていますが、社内リソースを活用できるのは魅力的ですね。投資先企業とヤフーが連携するケースとして具体的にどういう事例がありますか?
戸祭: いろいろな形があるのですが、たとえば投資先のKaizen Platformさんのサービスを活用してWebサイトのUI・UX改善を行っている部署もありますし、Genieeさんや、インティメート・マージャーさんなどのアドテク関係の投資先は広告分野で連携したり、サービス関係では一緒にコンテンツを立ち上げた事例もありました。
渡邉:改めてファンドの投資方針をお伺いしたいのですが、そもそもヤフー本体ではなくファンドで投資を行う理由を教えていただけますか?
戸祭:ガバナンスにおいて意思決定を独立させるためです。ヤフーで意思決定を行う場合、M&Aに準じた対応となるため、相応の資料作成が必要な上、複数の会議体での意思決定が必要となり速度が遅くなりますし、ベンチャー投資の知見という点でも、専門的な子会社によりノウハウを蓄積したほうが成功率が高いというコンセプトに基づきます。現在は私を含む3人で意思決定を行っていて、基本的には3名の合意を取る運営をしています。
また、1回、2回の投資での勝負ではなく、10年以上投資を続けて、ファンド解散してみて、はじめて結果が見える事業なので、そういう長期的な事業であることを、本体の経営層、関係者と共有しておくことが大事だと思っています。そういう意図もあって、ファンド投資という形態にしています。
渡邉:投資検討にどのくらいの期間を要するのでしょうか?
戸祭:当初は2週間程度でしたが、今だと、早いときで3週間程度です。意思決定のスピードは、社内リソースや繁忙度、メンバーのスキルにも影響されます。
渡邉:3週間で意思決定できる(こともある)というのは、VCにとっての競争力になりますね。GCPでも意思決定のスピードは非常に重要と考えていて、どうやれば良い意思決定をよりスピーディーにできるか、日々模索しています。投資ストラクチャについても、話しをお聞かせ頂きたいのですが、御社は投資先に応じてリードインベスターを引き受けることもあれば、フォロワーを担うなど柔軟に役割を変えている印象があります。
戸祭:案件に応じて最適な形で投資するようにしています。
渡邉:起業家フレンドリーですね。GCPの場合は、リードあるいはコ・リードを前提にする案件が多いですが、今後案件によっては一定の規律を守った上で柔軟性を高めても良いのではないかと個人的に思っています。実際、そういう案件もありますし。また、御社の売却方針も気になります。投資先がIPOしても、しばらく株を保持しているのはなぜでしょうか?
戸祭:おっしゃる通り、基本的にファンドの満期が到来するまで売却しない方針を持っています。将来的なシナジーの可能性も視野に入れて投資するため、IPOをした数年後に売ってしまったら単純にキャピタルゲインを得るだけの投資になってしまうことを気にしています。
渡邉:発行会社にとっては強烈なメリットですね。その他、投資先との関わり方にこだわりはありますか?
戸祭:投資先の要望に合わせるのが基本です。「毎週ミーティングがしたい」と言われればできるだけご要望にお答えしますし、一方、先方の希望で3ヶ月に1度くらいしか会わない投資先もあります。ただ、VCとして、投資先の役に立ち、共に成長していきたいという思いはありますので、なんでも話し合い、一緒に事業を作っていけるような関係を作れればいいなと思っています。
渡邉:重点的に投資を強化している領域などはありますか?
戸祭:投資テーマはその時々で変わってくるものでもあるので、会社というより担当者が個人としてテーマを持って動くようにしています。ただ、CVCとして将来的にヤフーとシナジーを生めるIT関係の企業に投資することを大きな方向性にしています。
根底には「イノベーションのジレンマ」への対応するという考えを持っていて、ヤフーでの取組みが難しい破壊的なイノベーションに対するリスクヘッジのために、現時点ではシナジーが見出せないなど、ヤフー本体では手の届かないところへ投資をすることが、弊社の存在意義のひとつです。
渡邉:CVCではありますが、本体の意向に左右されないのであれば、個人のキャピタリストとしてもやりがいを持って働くことができますよね。
戸祭:投資テーマを最初から決めすぎてしまうと、そのテーマがうまく機能しなかった際の転換が難しいと思うので、できるだけ自由度が高い動きをできるような運営を心がけています。
優秀なキャピタリストは、汎用的なスキルに加えてスペシャリティを持っている
渡邉:ちなみに、どういったキャリアの人が成功確率の高いキャピタリストになれると考えますか?
戸祭:キャピタリストにもそれぞれ個性があるのではっきりとしたことは言えませんが、例えば、営業系のキャリアの人はソーシング力が強いので、優れた会社を探すことができると思います。一方で、リサーチ・分析系のキャリアの人は、数字で会社の良し悪しを判断できると思います。そのキャリアにプラスして、他の分野の能力も身につけることができれば、より成功確率の高いキャピタリストになれるのではと考えています。例えば営業系ならプラスして、リサーチ・分析系の能力のような感じです。その上で、いろいろなビジネスに好奇心をもって向き合うことが出来れば、より深く事業を理解することができ、結果として、成功確率も上がってくると思います。
渡邉:VC業界は人材不足なので、どこも採用活動を積極的に行っています。しかし、優秀なキャピタリストになれる人材か否かを見定めるのは難しいですよね。
戸祭:営業力や財務分析力など全方位的なスキルを持っていることは必須だと思います。もし独立してVCをやるなら、やはりゼネラリストである必要がある。さらに一つ突き抜けたスペシャリティがあるとなお良いと思います。
渡邉:最後になりますが、GCPに対して何か一言いただければと思います。
戸祭:そうですね…。これまで不動産バブル崩壊、ITバブル崩壊、リーマンショック等、いくつかの山があり、その時々で複数のVCが撤退していきましたが、そういう流れの中で、独立系のVCとして事業を継続しているだけでなく、さらに業界のリーダーシップを取っているGCPはすばらしいVCだと思っています。
投資先に対するサポート体制も充実していると思いますが、特にメンバー皆様のベンチャーに対する熱意はすばらしく、我々も見習わなければならないと感じています。これはお世辞抜きで本当にそう思っています。
昨今、新規設立されるVCも増えてきている中、是非、今後も業界のリーダーとして活躍いただき、業界全体が発展していけばよいと思っています。 独立系のVCとCVCでは投資目的が異なる点もありますが、今後、うまく連携しながらシナジー効果を生んでいけたらいいですね。
渡邉:ありがとうございます!御社との協調投資としては、ユーザベースを始めとするIPO案件をはじめとして、既存投資先もビズリーチ、アソビュー、ヤプリなど好調なStartupばかりです。YJキャピタルとGCPはそれぞれバリューアップポイントも異なり、相性がとても良いと思っています。今後もぜひよろしくお願いいたします!