スタートアップの成長に、組織の危機は付き物。急成長スタートアップのマネジメント術を一挙公開【ホワイトプラス×フォトシンス×センシンロボティクス】
ハイスピードな事業成長には、組織課題という成長痛が付き物だ。急成長スタートアップを率いる経営者たちは、どのような組織の壁にぶつかり、乗り越えてきたのか。
グロービス・キャピタル・パートナーズ(以下、GCP)で投資先企業のグロース支援を手がけるGCP Xは、急成長組織のマネジメント術を探るべく、支援先スタートアップを集めた鼎談を開催。ゲストに招いたのは、ドローンをはじめとするロボティクス技術を活用したインフラ整備を手がけるセンシンロボティクスの代表取締役社長・北村卓也氏、クラウド型入退室管理システム『Akerun』を開発しているフォトシンスの代表取締役社長・河瀬航大氏、ネット宅配クリーニング『リネット』などを展開するホワイトプラスの代表取締役社長・井下孝之氏の3名だ。
組織の細分化がもたらす問題、カルチャーフィットしないメンバーとの向き合い方から、会社存続の危機を乗り越えた過程まで、各社が成長痛を乗り越えた軌跡が赤裸々に語られた。
※新型コロナウイルス感染症対策のため、インタビューはオンラインで実施されました。写真は過去に撮影されたものを使用しています。
組織を細分化すると、プロダクトへの当事者意識が薄れる
──事業成長に伴い、組織が急速に拡大していく中で、どういった問題が生じましたか?
株式会社フォトシンス 代表取締役社長 河瀬航大氏1988年、鹿児島生まれ。
2011年、筑波大学理工学群卒業後、株式会社ガイアックスに入社。ソーシャルメディアの分析・マーケティングを行う。2013年にはネット選挙の事業責任者として、多数のTV出演・講演活動を行う。「facebook 知りたいことがズバッとわかる本(翔泳社)」執筆。2014年、株式会社フォトシンスを創業、代表取締役社長に就任し、スマートロックAkerunを主軸としたIoT事業を手掛ける。経産省が所管するNEDO公認SUI第1号として、15億円を調達するなど、IoTベンチャーの経営を担う注目の若手起業家。Forbes主催、Forbs 30 under 30 asia 2017にて、アジアを代表する人材として「ConsumerTechnology」部門に選出。筑波大学非常勤講師。
河瀬:サブスクリプションモデルの事業を拡大させるためのセオリーとして、「仕組み化」「分業化」が重要だと言われます。ただ、仕組み化や分業化を推し進めたあまり組織としての一体感が薄れてしまった時期がありました。
営業、開発、マーケティングなどにチームを分化させた結果、メンバーが自部門のKPIを達成することばかり考えるようになり、社員一人ひとりのプロダクトに対する当事者意識が弱くなってしまったんです。
井下:組織を細分化することの弊害ですよね。ホワイトプラスも似た局面を経験しました。プロダクトごとに、収益を最大化させる責任者を配置したことがあります。すると、プロダクトごとに最適な施策は行えていたものの、全社の収益を最大化させる取り組みが生まれにくくなってしまいました。
現在は、部門ごとのKPIにはあまり言及していません。会社全体に「事業としてこの指標を伸ばすことが大事だ」とアナウンスし、目線を揃えられるよう心がけています。
北村:僕は2018年10月にジョインし、2019年8月に創業者である現会長から社長職を引き継ぎました。まず悩んだのは、創業期から所属しているメンバーとのカルチャーギャップです。
僕がつくりたいのは、全員が主体性を持って行動する組織。ロボティクス市場は黎明期で、勝ち筋が明確になっていない。だからこそ、トップダウンに一つの方向性を向かせるのではなく、個々のメンバーがボトムアップで事業を推進したほうが、成功確率は高いはず。そう考えて、社長就任後は、メンバーに主体的な行動を期待する組織へと変革していきました。
ただ、創業期からのメンバーは、主体性が求められる組織にフィットしませんでした。創業期は、どちらかと言えば、トップダウンに物事が決まっていく組織カルチャーがありました。その文化に慣れていた人たちは、自ら主体的に提案し、施策を進めていくことができなかったんです。
「昔からいるから」という理由で優遇し続けるのか。あるいは、心を鬼にして今の組織フィットしていないことを伝え、変われないのであれば外に出ることも考えてもらうのか。とても悩みましたが、後者を選びました。その結果、少なからずメンバーが組織を去ることになりましたが、成長のためには必要なステップだったと思っています。
河瀬:創業期のメンバーとの関係には、僕もかなり頭を悩ませました。僕は創業当時から代表を務めていますが、創業期のメンバーの中で「誰が誰より大きな決定権を持っている」といった力関係があったわけではないんですよね。結果として、それぞれの領域で独自に判断し、仕事を進める文化が生まれていました。
創業当時は「こんなプロダクトをつくりたい」といった想いが一致していたので、特に問題はありませんでした。でも、事業や組織が拡大していく中で、意見が一致しない部分はどうしても出てくる。すると僕が何かを提案しても、他の創業メンバーが「いや、そうじゃないのではないか」と、最終的にチーム内に違う指示を出すなどの問題が生じはじめました。
約3年前、この問題が特に深刻化しました。そこから施策の承認フローなどを整理し、ガバナンスを強化することで、問題は解消していきました。
組織を変えたいなら、まずリーダーを変えよ
井下:ホワイトプラスでは、創業メンバー3人の目線は常に揃っていました。ただ、新たに加わったメンバーに、目線が合っている前提で仕事を任せてしまったことで問題が生じました。
メンバーが少人数のときは、あうんの呼吸で仕事を進められていました。でも、組織が数十名となった頃、創業メンバーだけでは全体を見きれないと判断。主体的に組織をリードできる人を採用しはじめると、組織としての軸のぶれを感じるようになったんです。
創業期の感覚を引きずってしまい、新メンバーに対して、目線を揃えるためのコミュニケーションを怠ってしまった。積極的に仕事は進めてくれるものの、組織として「何が正しいのか」の判断基準が曖昧になり、全員に迷いが生じてしまいました。
結果的に、バリューを定めることでこの課題を乗り越えました。メンバー全員で「ホワイトプラスらしさとは何か」を議論し、バリューに落とし込んでいったのです。すると、組織としての価値判断の軸ができて、次第に一体感も醸成されてきたと感じています。
──バリューの策定が、組織の一体感の醸成につながったのですね。フォトシンスやセンシンロボティクスは、「これは効いた!」と思える抜本的な施策を打ったことはありますか?
河瀬:2018年5月、現在財務責任者を務めている髙橋謙輔を迎え入れたことは、大きなターニングポイントになりました。髙橋には、一部上場企業のNo.2を務めていた経験もあったので、組織フレームや権限規定周りの整備などをどんどん推し進めてもらいました。先程お話ししたように、僕らは創業以来、フラットな組織文化すぎるがゆえに方針が定まるのに時間がかかり、施策がなかなか実行フェーズに進まないという課題を抱えていました。
ときには多少トップダウンな意思決定プロセスを経てでも、組織が一丸となり、一気に実行まで進める推進力も必要だと感じていました。そこで、似たような風土の組織で、ガバナンスを効かせて、組織全体の目線を揃えるた経験のある髙橋を採用することにしたんです。彼のジョインによって、組織としての推進力が一気に高まりましたね。
株式会社センシンロボティクス 代表取締役社長 北村卓也氏
1977年生、学習院大学卒。日本IBMを経て、2008年より日本マイクロソフトでコンサルティングサービスビジネスの立ち上げ及びサービス営業担当部長としてビジネス拡大をリード、2016年より前職SAPジャパンではビジネスアナリティクス部門にて機械学習を中核としたデータアナリティクス事業を推進。2018年10月よりセンシンロボティクスに参画。Design Thinkingファシリテーター、無人航空従事者試験1級。
北村:新しいリーダーを立てることは、組織を変えるための有効な手段ですよね。センシンロボティクスは、僕が代表に就任したことが、大きな転換点だったと思います。
僕たちが現在注力しているのは、ロボティクス技術を社会実装するために、クライアントに徹底して伴走すること。しかし、もともとはプロダクトづくりを軸に据えた経営スタイルを取っていました。営業出身である僕が代表に就任したことで、クライアントにプロダクトを実際に利用していただき、一緒に社会実装を推進していくフェーズへの移行が一気に進んだ感覚があります。
全社一丸で危機を乗り越えることが、メンバーの目線を揃える
──組織が目指すべき姿を体現する人をリーダーに置くことで、一気に体質を変化させたのですね。
河瀬:他にも、意図した打ち手ではなかったのですが、会社としての大きな危機を全員で乗り越えたことで、一気に組織として強くなれたタイミングがありました。
危機が訪れたのは、創業から1年半が経った頃。この時期までは「ハイスキルなエンジニアが集う技術者集団」を目指そうと、エンジニアドリブンな組織づくりを進めていました。しかし、会社全体としてプロダクトアウトの傾向が強すぎたことで、顧客のニーズがあまりにも把握できておらず「売れる」プロダクトになっていなかった。結果として、キャッシュが底を着く寸前にまで減ってしまいました。
にっちもさっちも行かなくなった頃、全社合宿で「あと数ヶ月で会社が潰れてしまう。少なくとも、月間の売上がこれくらいいかないと追加の出資も受けられない」と伝えました。それ以降、組織が劇的に変わったんですよ。開発に熱中していたエンジニアたちが、販促用のDMを折り始めたり、「天井の蛍光灯を半分にしよう」と提案してくれたりして、すごく驚きました。
組織の全員が売上や利益の重要性に気づき、一丸となった瞬間だったと思います。それ以降、フォトシンスは全員がMRR(Monthly Recurring Revenue、月間経常収益)を意識するような組織に変わっていったんです。
──全社員の前で「会社が潰れるかも」と話すとは、思い切りましたね。「退社する人が増えるのではないか?」など、ネガティブな影響も想定されたはずですが、なぜ大胆な決断ができたのでしょう?
河瀬:いま思い返すと、メンバーのことを信じていたのだと思います。みんながプロダクトを愛していましたし、現状を正直にシェアすることで、主体的に会社存続のためのアクションを取ってくれると心のどこかで信頼・期待していたのでしょう。
株式会社ホワイトプラス 代表取締役社長 井下孝之氏
2005年 神戸大学工学部卒業。神戸大学大学院 工学研究科(旧 自然科学研究科)中退。2006年7月 エス・エム・エスに入社し、営業、経営企画、新規事業開発に従事。2009年にホワイトプラスを創業。
井下:ホワイトプラスは、一つの危機によって劇的に組織が変わったことはありません。しかし、問題が発生する度に全員で「何をすべきか」を共有し、目線を揃え続けてきたことが、成長を続けられた要因だと思います。毎週必ず全社総会を開催して、会社の状況や経営陣の考えを共有しているんです。
たとえば、提携している宅配便事業者が値上げを発表したときは、会社の収益に大きな影響がありました。僕たちの事業はユーザーに洋服を発送していただき、クリーニングして返送するプロセスを経るため、配送料が大きなコストになる。その年度の翌期は黒字で着地する予測だったのですが、配送料が上がれば約3~4億円の赤字で着地する見通しになってしまいました。そこでその状況を全社員で共有し「いま組織として何をすべきか」を明確にしたことで、この難局を乗り切りました。
北村:センシンロボティクスも、毎週90分、会社の現状や課題を共有する全社ミーティングを欠かさずに実施しています。開発であれバックオフィスであれ、ファイナンス状況も含めて、できる限り経営状況を開示することで、全員が数字を意識しながら主体的に動けるチームにしていきたい。人数が増えていっても、この機会だけはなくしてはいけないと思っています。
その悩みは、あなただけのものではない
──今後は、どんな組織をつくっていきたいですか?
河瀬:『Akerun』のような「これまでありそうでなかった」プロダクトを生み出し続ける発明家集団であり続けるために、メンバー全員が挑戦心を持って、主体的に行動し続ける組織をつくり上げたいです。
井下:僕はホワイトプラスを「T型人材」集団に育てていきたい。絶対的な強みが発揮できる専門領域を持ちつつ、その他の領域でも付加価値を生み出せる人が集うチームが理想です。そのために、どんな領域でも「解くべき課題を特定し、課題解決のプロセスを考える」「考えたプロセスを実行する」「仕組み化する」、この3つができる人を育成することに注力しています。
北村:「社会貢献しながら、稼げる」会社にしたいです。センシンロボティクスはドローンなどを活用して、インフラ整備をはじめ人不足が深刻な現場に対してソリューションを提供しています。社会的な意義が大きい事業ですが、「社会貢献してやりがいを感じられているんだから、給料は低くてもいいじゃん」なんて絶対に言いたくない。価値ある事業だからこそ、関わっているメンバーに、より多くの利益を還元していきたいんです。
──最後に、組織づくりに悩んでいる経営者に向けてアドバイスをお願いします。
河瀬:悩んだらすぐに先輩経営者に相談することを、強くおすすめします。一人で抱え込んでいても、何も良いことはありません。
僕はこれまで多くの先輩方に助けてもらう中で、「自分だけが抱えている悩みなんてない」と学びました。悩みを明かすと、全く同じ悩みを抱えている人が少なくないことに気付きます。中には、その悩みを解決した経験を持つ人もいる。
VCの担当者に相談するのでもいいですが、とにかく一人で抱え込まないようにしましょう。誰かに相談すると気が楽になりますし、思ったより簡単に、解決の糸口を掴めることはよくあります。
井下:同感です。答えが分からなければ、答えを知っていそうな人に相談することが大切ですよね。河瀬さんが言ったように、同じ課題に直面し、解決した経験を持つ経営者は少なくありませんから。
そして、そもそも悩みを放置しないことも大事です。先送りにして、良い方向に進むことはありません。
北村:僕からは「悩んだら、自分にとって難しいと感じる道を選びましょう」と言わせてください。僕自身、社長に就任することは大きなチャレンジでしたし、つらいことも少なくありません。でも、挑戦しているからこそ得られる経験が、僕を大きく成長させてくれている。今後も経営者として、常にチャレンジングな道を選んでいきたいと思っています。
(了)