【湯浅エムレ】フィンテックはアンバンドルからリバンドルへ
近年、フィンテックがグローバルで盛り上がりを見せ、スタートアップ案件数も投資金額も急増しています。フィンテックは、「金融」と「テクノロジー」の掛け算の総称ではありますが、その対象範囲は非常に広く、1つの現象として表すのは困難なほどです。
(図1:金融 x テクロノジー)
そのようなフィンテックを一言で纏めて、「Unbundling of a Bank(銀行業務のアンバンドリング)」と呼ぶことがあります。つまり、元々は銀行が束ねていた各業務を切り出して、様々なテクロノジーを活用して個別最適化するという事象です。
(図2:銀行業務(MUFJウェブサイトより)
(図3:フィンテックによるアンバンドリング(筆者作成))
上記の図の通り、確かにその一面はありますが、アンバンドリングはあくまで事業者側の視点です。実際に顧客側に提供している価値としては、UX(顧客体験)改善とコスト改善にほとんど集約されると考えられます[1]。日本で立ち上がっている様々なフィンテックをみるかぎり、それらは根本的に新しいものを提供するのではなく、従来のサービスをより簡単にしたり、楽しくしたり、安くしたりしています。
[1] 稀なケースとして全く新しい市場を切り開くようなモデルも存在します。例えば、Global Mobility Serviceというベンチャーは、自動車エンジンを遠隔で制御するデバイスを取りつけることで、今まで自動車ローンが組めなかった人でも組めるようにしています(与信補強、与信創造)。これはUXやコスト改善ではなく、新たな価値創造と呼べます。
フィンテックによってアンバンドリングが進む金融業界ですが、その先には何があるのでしょうか?実は金融業界が直面している産業構造の変化は全く特殊なものではなく、他業界を見渡せばその未来も予見することができます。
多くの業界はアンバンドリングの先にリバンドリングが起きています。音楽業界を例にとると、かつてはCDが複数の楽曲をバンドルして提供していましが、iTunesなどの音楽配信サービスによりアンバンドリングが起き、好きな曲だけを1曲100円などで購入することができるようになりました。しかし、通信環境の進化と消費者嗜好の変化に伴い、今はSpotifyに代表されるような定額音楽配信サービスが急伸しています。
(図4:アンバンドリングとリバンドリング(筆者作成))
金融業界においても、他業界同様のアンバンドル→リバンドルの波が来るでしょうし、その流れはすでに始まっています。但し、興味深いのは、この変化の波のたびに新たな企業が勃興していることであり、金融においてもリバンドルするのは銀行ではない可能性もあり得るでしょう。 ここからは、このアンバンドル→リバンドルという波をもう少し掘り下げたいと思います。
なぜアンバンドルが起きるのか?
そもそも、バンドル、アンバンドルという考え方は、商品(サービス)の流通戦略からきています。流通戦略は、様々な要素を加味して判断されますが、その目的は流通コストの最適化です。前述の音楽の例では、物品としてのCD自体の流通コストが大きいときは複数曲を纏めたほうが割安でした。一方、インターネット配信で流通コストがほぼゼロに近づけられると単曲販売でも採算合う、といった状態になります。一般に新しいテクロノジーによって流通コストが大幅に下がり単品販売が促進されます。フィンテックにおいても、ライフネット生命社が生命保険を営業員(生保レディ)ではなく、ネット販売することで流通コストを押し下げました。
また、CDのような物品であれば販売して終わりですが、サービスの場合は販売後のメンテナンスコストも流通コストに含めて考える必要があります。例えば、お金のデザイン社の資産運用サービスは、従来の富裕層向け窓口等を通じて提供するのではなく、スマホベースで直接消費者に提供し、さらにアルゴリズムを使って自動運用しています。これにより、販売コストを押し下げるだけでなく、その後のメンテナンスにおいてもコスト優位性を築いています。
従来より安い流通チャネルが出てきたとき、なぜ既存の大手企業はそちらに切り替えないのでしょうか?大手企業が膨大なリソースを持ちながらベンチャーの参入を許してしまうのは、いわゆるイノベーションのジレンマが大きな理由に挙げられます。例えば、全国に広がる店舗網や教育を重ねた営業スタッフを多数抱える金融機関はコスト構造が硬直的で、新しい流通チャネルに一晩に変えることなどできません。また、新しいテクノロジーを活用した流通チャネルを使うのはアーリーアダプターに限られるため、ある程度の規模感が無いと大手企業としては投資の正当化ができず取り込みづらい顧客層になります。
その結果、各バーチカルに最適化されたサービスが乱立することになります。フィンテックでいうと、資産運用(お金のデザイン)、住宅ローン(MFS),PFM(マネーフォワード)、決済(LINE PAY, Paymo etc)、投資(One Tap Buy)、保険(ライフネット生命)など様々なバーチカルで最適化が進んでいる状況です。
なぜリバンドルが起きるのか?
しかし、金融においても、他業界同様にリバンドルされていくことになるでしょう。リバンドルを推進する力は、顧客側の一元化ニーズです。単品で1つ1つ購入し管理するのが煩わしいため、それらを集約してほしいというニーズが高まります。物品に限らずサービスにおいても、複数のアカウントを作成し管理するのが煩わしいため、1社に集約したいという機運が高まります。
また、それに加えて事業者側の顧客獲得コスト(CPA: Cost Per Acquisition)の高まりも一因に考えられます。一般に、テクロノジーを駆使した最先端のサービスは、イノベーター理論でいうイノベーターやアーリーアダプターから普及し始め、徐々にマジョリティ層へと拡大していきます。すると新たなテクロノジーへの馴染みが薄く、旧来のやり方からのスイッチングにより大きな説得材料が必要になります。また、時を同じくして、市場顕在化と規模化を見た既存の大手企業が参入し始めます。これらの作用により、顧客獲得競争が高まり、CPAが上昇していきます。CPA上昇は、市場をリバンドリングに促す作用を与えます。それぞれのサービスが個別で顧客獲得を図るより、それらを集約して顧客融通をするほうが効率的だからです。これをインターネットの世界で上手にやっているのが楽天と言えるでしょう。いわゆる楽天スーパーポイント経済圏の中で顧客を回遊させることで、各バーチカルの顧客獲得コストを下げていると考えられます。
(図5:イノベーター理論のおける5つのグループ)
この顧客側の一元化ニーズと事業者側の顧客獲得コスト最適化に後押しされ、アンバンドルされていた商品・サービスは次第にリバンドルへ向かいます。例えばオンラインメディアでは、新聞・雑誌からインターネットメディアに移行する中で、数多くのブログや専門ネットメディアが立ち上がりましたが、現在に至ってはSmartNewsに代表されるニュースアプリ(もしくはFacebook、TwitterなどのSNS)が集約する役割を担っています。消費者からしても、個別に各ブログやメディアにアクセスするより一元化してくれるほうが利便性が高く、事業側からしても自社で集客するより纏めて送客してくれるほうが良いという面もあります。また、音楽の世界ではSpotifyのような定額音楽配信サービスが膨大な楽曲数を集約し、ECではAmazon・楽天が様々な販売者を集約しています。
既存の大手企業が、このリバンドリングの流れに立ち向かうには、新テクロノジーを駆使した1点突破を許さないことが重要かと思います。FacebookによるInstragram,やWhatsApp買収はまさにこの観点からの買収だったでしょう。Facebook世界最大規模のメディア企業ですが、新たな流通チャネルを逃さずに自社エコシステムに取り込むことで、長期にわたって覇者になろうとしています。
フィンテックにおけるリバンドリング
フィンテックでは、中国のAnt Financialにリバンドリングが加速しています。元々Alipayとして決済サービスを提供するAlibaba傘下の企業でしたが、今では多領域に展開し、決済(4.5億人)、資産運用(1.5億人)、保険(3.8億人)、個人信用スコア(1.3億人)と、Alibabaで抱えるユーザーを自社のフィンテックサービスに流入させて拡大しています[1]。また、アメリカではAmazonによるCapital One買収の噂があり、今後ユーザー基盤を活かした金融サービスの拡充展開が予想されます[2]。
[1] http://www.alibabagroup.com/en/ir/pdf/160614/12.pdf
[2] http://www.bankingtech.com/735552/amazon-looking-to-buy-capital-one/
日本ではまだ大きな動きはありませんが、膨大な個人情報を持つリクルートが金融へ参入する動きを見せていたり、今後の群雄割拠を予想させます。リバンドリングの波は近い将来日本にも届くと思われますが、リバンドリングする企業は必ずしも金融機関ではないかもしれません。
[文・湯浅 エムレ 秀和]
グロービスキャピタルパートナーズでは、主にフィンテック(金融 x IT)、人工知能、ブロックチェーン、ドローン、インターネットメディアの投資案件を担当。投資先であるGLM、ブイキューブロボティクスジャパン、MFSの社外取締役に就任しており、また同じく投資先であるお金のデザイン、ユーザベース、スマートニュース、bplats、その他未公表案件を担当している。
前職は、デロイトトーマツコンサルティングおよびKPMGマネジメントコンサルティング(創業メンバー)にて、企業の海外進出や経営統合(Post Merger Integration)に従事。
ハーバードビジネススクール卒(MBA 2014)、オハイオ州立大学ビジネス学部卒(優秀賞)。
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