投資銀行・戦略コンサルを経て、フィンテックスタートアップを創業。MFS塩澤崇氏に聞く、スタートアップ創業を担う醍醐味とは?
東京大学大学院を卒業後、モルガン・スタンレーを経て、ボストン・コンサルティング・グループへーー。いわゆる“エリート街道”を歩んできたMFS・塩澤崇氏は、以前のキャリアとは一転、子どもが生まれた後にスタートアップを創業するチャレンジングな選択をしている。
投資銀行やコンサルティングファームからスタートアップにジョインするプレイヤーは一定数いるが、こうしたキャリアチェンジは容易ではないだろう。仕組みが全く異なるゲームを戦い抜くには、求められるマインドセットも変わる。ましてや、創業期からとなれば大きなリスクを伴うと感じてしまう人が大半だ。
塩澤氏は、なぜスタートアップに参画することを決めたのか。サラリーマンから経営者へ、大企業からスタートアップにキャリアチェンジをした塩澤氏に、創業までの経緯と今後の展望を伺った。
人生初の“挫折”が、創業の原点。東大院卒・モルスタの証券マンがビジネス創出を目指す経緯
株式会社MFS 取締役COO 塩澤 崇
湯浅エムレ秀和(以下、湯浅):まずは、塩澤さんの経歴をお伺いさせてください。
塩澤崇(以下、塩澤):ファーストキャリアは金融関係ですが、もともとは航空宇宙工学を専攻するつもりだったんです。私が高校生の頃に、種子島で「H-IIロケット」が打ち上がりました。ニュースを見ていて「ロケットサイエンティストってカッコイイな」と感じ、自分もロケットを打ち上げてみたいと思ったんです。進学先を検討している際に、東京大学に「航空宇宙工学科」があると知り、そのまま進学しました。
しかし、進学後に専攻したのは金融工学です。というのも、私が専攻を決めるタイミングで、航空宇宙工学科の教授には誰一人として自分でロケットを飛ばした経験がある人がいませんでした。また、卒業生のほとんどが航空宇宙産業で働いていないんです。
このまま専攻したところで、本当にロケットサイエンティストになれるかは分からない。それなら、他に興味のある分野を極めようと考えました。
湯浅:それが金融工学だったわけですね。
塩澤:その通りです。中学生の頃から日経新聞に目を通していましたし、日本の経済の中心に立ちたいという想いも以前から持っていました。理系学部のバックグラウンドを活かしながら、金融の研究ができる金融工学を研究することにしました。
湯浅:大学卒業後はどのようなキャリアを歩まれたのでしょうか?
塩澤:「自分の手で食べていきたい」と考えていたので、実力が評価される外資系企業に就職先を絞り、モルガン・スタンレーを選びました。入社した当時は、実績を上げてマネージング・ディレクター(MD)になりたいと思っていましたね。
「陸の王者モルガン」と評されるほどで、私が在籍していた証券化商品部も大きな収益をあげていました。まさに“イケイケドンドン”状態です。
湯浅:なぜ、退職されてしまったのでしょうか?
塩澤:リーマンショックの余波を受け、クビ切りに遭ってしまったんです。2007年に「BNPパリバのファンドが飛んだらしい」と悪い噂が流れてきたのですが、“対岸の火事”だと思っていました。
しかし噂は現実となり、みるみるうちに本国のアメリカが燃え、最後にはリーマン・ブラザーズが経営破綻へ。モルガン・スタンレーも証券化事業を閉じることになり、職を失いました。
湯浅:塩澤さんのパフォーマンスに関係なく、クビになってしまったのでしょうか?
塩澤:そうなんです。ハイパフォーマーの自負があったので、「どうして私がクビにならなきゃいけないんだ」と憤りました。学歴もキャリアも順調に積み重ねてき最中だったので、初めて“クビ”というショッキングな出来事を味わったわけです。
しかしそのことがきっかけで、自分でビジネスを立ち上げたいと考えるようになりました。会社の状況に個人の進退が左右されるのは納得がいきません。自分でリスクをとって始めたビジネスならば、失敗しても納得できると思ったんです。
妻に“上場努力義務”を課され、スタートアップを創業。BCGの武者修行を終え、アントレプレナーへ
湯浅:退職後、すぐにビジネスを立ち上げたのでしょうか?
塩澤:いえ、社会人3年目そこそこで何を出来るわけでもなかったので、BCG(ボストン・コンサルティング・グループ)で武者修行することにしました。BCGに入れば多種多様な領域のプロジェクトに携わることが出来るので、新規事業創出の経験も積めるんじゃないかと思ったんです。
湯浅:BCGで地力をつけてから、事業を立ち上げようと考えられたのですね。MFSに参画するまでの経緯を教えていただけますか?
塩澤:BCGに入って6年ほどが経過し、育休を取得したことがきっかけです。仕事から離れた機会に、今後どんなビジネスを立ち上げようか思案していました。
そんな折、MFSの現CEOの中山田さんに「住宅ローンのアプリを作るんだけど、一緒にやらない?」と声をかけてもらったんです。アプリ制作をお手伝いしてみたら、今までにないサービスを作り出すことが予想以上に面白くて。
フィンテック領域に注目が集まっている時期でもあったので、トレンドにも後押しされ、ジョインを決めました。
湯浅:スタートアップに飛び込むことへの懸念はありましたか?
塩澤:後悔のない人生にするために、独立しない選択肢はありませんでした。「やりたいことをできて幸せな人生だった」と思って死にたかったからです。「あの時にあれやっておけば良かったなぁ」と死ぬ間際に思ってももう手遅れですからね。また、仮にダメだったとしても、スタートアップで経験を積んだこと自体は、先々を見据えたキャリアの財産になるとも思いました。
BCGの同僚だった妻も、決断を応援してくれましたね。独立の意思があることを普段から伝えていたので、信頼を得られたのだと思います。
ただ、家族の財産をゼロにすることはできません。自分の貯金の範囲内でやると約束しました。また、妻に対する“上場努力義務”がありましたね(笑)。
湯浅:“上場努力義務”ですか?投資家ではなく奥様に対して?
塩澤:そうです(笑)。妻も私と同じように、いつの日かビジネスの立ち上げをチャレンジをするかもしれません。そのときに、上場して安定した収入を稼げるようになってくれと言われていました。私が先で、妻が後です。
湯浅:投資家からの目より、奥様からの目の方が厳しそうですね(笑)。
限られたリソースで、生産性を最大化。ドッグイヤーを生き抜くためのスタートアップ戦略
湯浅:大企業とスタートアップを経験したからこそ分かる、スタートアップならではの学びを教えていただけますか?
塩澤:リソースに制約があることをビビッドに理解できました。自分で手を動かすようになって、「何をして、何をしないのか」の取捨選択がシビアになったんです。
湯浅:コンサル時代とは、働き方が異なるのですね。
スタートアップとは、「限られたリソースの中でいかにアウトプットを最大化するか」という動き方です。コンサル出身だと、綺麗にパワポを作って、「コンセプト・方向性はこうで、やれることは3つあって…」とプレゼンしたくなります。
しかし、「何をするのか」が具体化されていないと意味がないし、ネクストアクションも3つでは多すぎる。限られたリソースの中では、絞って実行に移さないといけない。
塩澤:結婚して子供ができたことで、時間的制約が強まった面もあります。家族との時間を確保するために、「限られた時間でいかに効率的に仕事を進めるか」という意識が強くなりました。徹夜や休日出勤が当たり前だったコンサル時代とは、マインドセットがまるで変わりましたね。なお、MFSで働き始めてからは17時ごろには退社しています。
湯浅:アドバイザーからプレイヤーに転向したことで、実行にあたってのリソースの制約が強く意識されたんですね。
塩澤:あとは、“人が全て”だと学びました。一緒に働く人によって、チームのアウトプットや生産性が大きく変わります。自分の意見をはっきり言ってくれる人がチームにいないと議論が進まないし、考えも深まらない。議論を活発化できる人をいかにチームに引き入れるかが大事だと学びました。
情報の非対称性を埋め、“新しい家の購買体験”を実現する。フィンテックスタートアップが構想する不動産の新しい形
湯浅:今後のMFSの事業構想についてもお伺いしたいです。将来のビジョンを教えていただけますか?
塩澤:不動産テックとフィンテックを融合させて、“新しい家の購買体験”を実現する住宅ローンのプラットフォームをつくりたいです。
住宅ローンにおける購買ユーザーと銀行の間には、圧倒的な「情報の非対称性」があります。全国に120の銀行と1,200本の住宅ローンがありますが、「どの銀行なら審査が通るのか」「どの金利・商品が1番いいのか」が不透明なんです。
すると、「普段使っているから」「不動産会社に勧められたから」といった理由でローンを選ばざるを得なくなる。
湯浅:最適なローンを選べない状況になってしまっているのですね。そうしたビジョンのもとで、今後注力していきたい領域はありますか?
塩澤:不動産会社・不動産情報サイト・銀行といったステークホルダーとの連携を強化していきたいです。プラットフォームサービスをつくっていく上で、関連セクターとの関係強化は必須なので。
湯浅:どういった人材を採用したいですか?
塩澤:今お話したようなサービスのマーケティングができる人材と、プロダクト開発できる人材です。住宅ローンの新業態サービスにエンドユーザーを効率的に集客する方法を試行錯誤しながらも推し進めていける人材がいいですね。また、住宅ローンのオペレーションはIT化・AI化が急速に進んでいるので、それらの動きを踏まえてエンドユーザーの使い勝手のいいプロダクト開発、銀行とのデータ連携を担えるエンジニアの採用にも注力しています。
組織文化でいうなら、自分で考えて意見を言える人と、仕事への当事者意識が強い人がMFSに合っていると思います。今までにないサービスを0から生み出していく仕事なので、持ち場に関係なくしっかりと思ったことが言えて、「この会社を自分の力でバリューアップしてやる」という意思のある人が向いていますね。
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