AIロボット社会実装の現在地:TELEXISTENCEが切り開くAIと資本主義の未来
SF作品で描かれてきた、自律的に動くロボットと人間が共生する社会――その到来は遠い未来のことではない。あなたが今日コンビニで手に取ったその飲料を陳列したのは、AIロボットかもしれないのだ。
その裏側にいるのが、いままさに遠隔操作・人工知能ロボットの開発から社会実装によって注目を集めるロボティクス企業、TELEXISTENCE(以下TX社)だ。TX社は2023年に約230億円のシリーズBラウンドを完了し、そして2024年9月には、新型機のGhostのauモデルがLawsonを買収したKDDIから発表された。これにより、日本の大手コンビニ3社のうち、ファミリーマートとローソンでTX社のAIロボットが稼働する見通しになった。AIロボットの社会実装を強烈に進める同社の組織体や目指す先、そしてロボットビジネスにおける現在地とはどんなものなのだろうか。
今回はTX社の代表取締役CEO富岡仁氏と、同社社外取締役でもあるGCP野本遼平との対話の模様をお届けする。
知能化ロボット実現の背景
野本:社名となっているTELEXISTENCEは、会社設立前から提唱されていた概念ですね。まずはここから解説頂けますか。
富岡: TELEXISTENCE(テレイグジスタンス)とは、ロボットを自分のもうひとつの身体、義体として遠隔操作するというコンセプトを指します。弊社のファウンダーの1人である舘暲(たち すすむ:東京大学 名誉教授 工学博士)先生が1970年代から提唱しているものです。
舘先生はテレイグジスタンスの実現に向け、アカデミアで研究開発を続けてこられました。TX社は2017年に設立されたのですが、まさにこのコンセプトがあってからこその設立だったため、そのまま社名としています。
野本:そうしたコンセプトからはじまり、現在は国内のファミリーマートで導入され、ローソンでの活用も見込まれるなど、社会実装フェーズを超えて事業スケーリングの段階に入っていますね。
自律的に働く知能化ロボットといえば、SF作品で数多く描かれてきた存在です。人類共通の実現してみたいプロダクトナンバーワンとも言える存在が、このタイミングで社会実装されはじめているのは、どういう要素が揃ってきたからだと認識していますか?
富岡:まず2010年代ごろからの技術面の発展があります。機械学習によって、ロボットの目になり得るコンピュータービジョンの認識精度が高まってきました。認識精度が上がれば、更にどんな物体を認識して、どう掴むかの精度が上がってくる。ハードウェアの値段も下がっているので、そこに対応する機器もどんどんつくられるようになってきています。
また個人的には、マクロ的に見てインフレであるということも大きいと思っています。人件費が低ければいいのですが、そうではないのでロボットなど他の労働力が視野になってくる。特に先進国では少子化で労働力がひっ迫しており、そういった意味でも後押しがあったと思います。
AI/ロボットをビジネスにする難しさ
野本:先ほどの機械学習については、2010年代のスタートから今になり、技術がある種「こなれてきた」という面もありそうです。例えば教師学習であれば、データセットの収集方法やコスト面、既存の各モデルからの学習などの手法が固まってきた。いくら画期的な先端テクノロジーであっても、「こなれて」こないとなかなかスケールする産業には適応しにくいというところがあるとも言えますね。
一方で、富岡さんの言う「工場や倉庫の外」、よりダイナミックな環境で利用され始めているロボットの多くは配膳ロボットなどの移動系が多いかと思います。アームの付いたロボットはなかなかないからこそ、これを実現しているTX社はBloomberg含めた各メディアからも注目を集めていると思うのですが。
富岡:ビジネスとしてロボットをやるとき、当然収益化までの時間軸が短いものを皆やりがちではあります。すると、物体を認識して、取りに行って……というものよりも、とりあえず「移動する」ものの方が使われやすかったことがあると思います。
野本:ひとつ個人的な仮説として、「工場の外」の課題を全自動ですべてを解ききるにはまだ難しいことも多いからこそ、まずは比較的単純なものが選ばれた、ということがあると考えています。これはロボティクスに限ったことではないのですが、現時点でAIだけでの解決を目指そうとすると、精度や処理速度を現場における必要水準にミートさせるのが難しいんですよね。例えばUSに手書きのカルテを全部認識してデジタルにアップロードするというスタートアップがあるらしいのですが、実はわりと人間による目視が入っている……と耳にしました。人間というプロダクトは本当に優秀です(笑)。
富岡:“ロボット屋”であればあるほど「全自動ですべてを解ききりたい」という思いが強い傾向は間違いなくあるんですよね。ただ、これにこだわる限り、事業化させることはかなり難易度が高いでしょう。
対して僕らはもともとロボット屋ではないので、そのこだわりはなかった。我々が元々会社を作った時のコンセプトとして、AIがいま限界としている部分をどうするか?と考えた時、人を使ってTELEXISTENCE、すなわち遠隔存在で埋めるというのがひとつのやり方だったんです。
野本:特にアメリカのロボティクス企業などは、汎用的なヒューマノイドをつくりたがる傾向がありますよね。LLMや画像生成がロボットに応用されるようになってから、最近では特に新規創業や資金調達面において盛り上がりを見せています。
富岡:これも「100%AIで解きたがる」と通じるところがあります。当然、汎用性の高いロボットを作ることは僕らも近い将来にはやりたいことですが、いまは一気にその完成度を目指すよりは、中継地点を置き、段階を踏み進んでいく方がよいのではないかと思っています。
僕らも最初の資金投入でヒューマノイドを一気に10何体も作ったのですが、難しかったです。
「限定合理性」を広げる
野本:多くのスタートアップが経験し思い悩むピボットですが、「キャッシュが残っている間にピボットの意思決定をする」というスピード感を持つことはなかなかできません。ここはなにか意識した点、アンテナを立てていた部分はありますか。
富岡:起業する時から、「限定合理性」というコンセプトだけは持っていました。要は、踏み出してもいない中で考えても材料は足りず、ベストなジャッジはできない。まずは進むことで限定合理性を最速で広げ、はじめて正しい決断ができるだろうという考えです。だからこそ、ピボットも早かったのだと思います。
野本:撤退ポイントは明確に設定していたんですか?
富岡:していませんでした。ただ、まずは「小売業で汎用性の高いロボットを使い、全てを解決すること」が「技術的に実行可能なのか」を検証していたので、それが無理だと分かった瞬間に判断したということでしょうか。
ヒューマノイドを開発しているスタートアップは世界にもいくつか存在していますが、外から観察している限り、多くはまだラボや擬似的な環境で動かしているだけで、リアルな現場に入れていないんですよね。ロボットは、実際に現場に投入しないと、何をどうしていいか把握するのは難しい。われわれが考えているのは「まずいいから現場に入れてみる」ということ。これのあるなしでは恐らく何をやるかが全く変わってくると思います。
野本:そういう意味だと、テスラはロボットを自社工場で稼働させることができるので、一定の優位性はありそうですね。
富岡:まさに、テスラはそういう意味で可能性が一番ありそうです。実際にロボットを活用する現場をもっているというのは強い。テスラに対して、スタートアップ勢が対抗するには、相当な軍資金を集める必要があるんじゃないでしょうか。テスラはEVを百万台以上売った利益をロボットに再投資しているわけですし。
野本:FigureやAgile Roboticsなどのロボットも少しずつ工場や倉庫に配置されはじめてますが、そういった競争環境を考えると、ロボティクスの領域においても、スタートアップとしてはフォーカスした領域や環境においてドミナントプレイヤーになることが重要ですね。
密度を上げ続ける組織づくり
野本:新興企業の優位性において、カルチャーが果たすものは大きいんじゃないかと思っています。TX社が掲げている5つのプリンシプルはエッジが利いていて、個人的にすごい好きなんですが、これはどのように決められたのですか。
富岡:決めたのは創業から2年目ごろでしょうか。これはファウンダーが管掌するべきトピックなので、完全に個人の独断で決めました(笑)。多少ファインチューニングしたかもしれませんが、大枠は変えていません。
いま、いたるところでビジョン・ミッション・バリューが連呼されていますが、そもそもバリュー=価値観は他者が設定できないし、変えられません。しかし組織としては行動に対し統率を利かせたい。そんな意味合いで、プリンシプルを設定しました。
野本:プリンシプルにも表れていますが、TX社は原理原則まで分解してもう1回組み立て直す、ゼロベースで考えるのが大好きなチームですよね。第一原理思考、first principles thinkingと表現してもいいかもしれません。ただ、これができる人を集めるのは難しい。組織の能力密度を維持するために工夫していることはありますか?
富岡:ひとつはコミュニケーション言語を問わないことで、採用プールに大数の法則が働くようにしています。あとは、ヘッドカウントはあらかじめ決めておき、9ヶ月の予算や目標を作り、これを3ヶ月ごとにロールしていく方式で厳密にコントロールしています。
事業環境の変化に対応するため当然増減はありますが、OKR(Objectives and Key Results:目標と主要な結果)を厳密に、フェアに評価する。これは、従業員個人にとっても大事なことですし、個人のゴール設定が会社のゴールに繋がっているという上でもやらなければなりません。常にこういったサイクルを回し、密度を上げ続けるというのは、昔からやり続けていますね。
野本:計画にのっとって採用します、オンボーディングして活躍してもらいます、というのも言うは易しで。これを実行するための工夫や克服したチャレンジは何かあるのでしょうか。
富岡:まだ模索の途中ではありますが、文字や数字に起こしてきちんと説明する、ということは重視しています。特に弊社の場合多様な国籍の方がいるので、日本的な「ノリ」は通じない。言わなくても理解して、といった態度は通じないんです。
野本:社内公用語が英語なのは当然として、ドキュメントはPowerPointではなくテキストで残されていますよね。文書化、数値化するということは、作成者にとっても内容が整理できている必要があるという点もありますね。
富岡:PowerPointは行間があるので、雰囲気で楽できてしまうなと(笑)。基本的にはExcelかWordに整理しています。
ロボットが活躍する世界で求められるベーシックインカム
野本:ロボットが生み出す収益の流動化、再分配、ベーシックインカムの構想にもぜひ触れておきたいです。サム・アルトマンもAIによる収益を分配するという思想をもってプロジェクトを動かしていますね。
富岡:ぜひ進めたいですね。サム・アルトマンより先に構想としては持っていたつもりなのでパクられた感覚ではありますが(笑)、知名度と社会的影響力が現時点では違いすぎるので仕方ないです。具体的にどうやるかという話だと、証券化というアプローチだと手間や中間マージンなどのコストが高いので、暗号通貨などを活用するのが現実的だと思っています。
野本:解くべきイシューは、AIとかロボットから生み出されてくるキャッシュフローをどう効率的に社会に分配するか、ということですね。
富岡:実際にロボットがどのくらい稼げるかというのも含めて、TX社としてさまざまな数値が見えるようになってきているので、キャッシュフローを流動化するというのは比較的現実的だと考えています。まずは何らかの形でロボットを1台所有した人が、最低でも年間100万円程度の分配を受けられるような仕組みはつくっていきたいです。
野本:マックス・ウェーバーは、当時の奴隷を「資本」として位置付けていました。そしてロボットの語源も、広い意味での奴隷です。現代社会では幸い、人間の奴隷制度は形式的にはなくなりましたが、AIやロボットが「資本」として経済成長を牽引するという古くて新しい資本主義がリバイバル登場するのではないかと考えています。
富岡:AIやロボットが生産活動を代行してくれてコストが下がるのは素晴らしい世界でしょう。まさに我々が実現したい全自動資本主義の世界です。
野本:引き続き資本主義を回していくためには、人間はもっと消費や遊びに注力していく必要があります。
富岡:エンタメが大事な世界になっていきますね。
これからの世界で、ロボットビジネスに求められるもの
野本:TX社の挑戦は、BloombergやTechCrunchなどにも取り上げられました(動画はこちら)。記事が各国語に翻訳され、世界中に広まっています。こんなメディア連携はスタートアップ皆があこがれる訳ですが、メディアリレーションはいつから、どう仕込んでいましたか?
富岡:本質的にはやはり、会社としてユニークであるかどうかは大事です。もちろん、ロボットという目に見えるハードウェアをやっているということと、採用目的を見据えて積極的にメディアに出しにいくというのは、意図的にやっていました。ただ、リレーション構築やテクニカルな話で取り上げてくれることもあるかもしれませんが、中長期的には続かないと思います。挑戦そのものがユニークだと、交渉が優位に進むなど、実際的なメリットも少なくありません。
野本:ユニークである、というのも言うは易しですけれども、実際は難しいんじゃないですか?
富岡:ユニークであることを目的としてユニークさを体得するのは無理だと思います。スタートアップをやっている以上、何か達成したい目的があるはずで、その目的を達成するための手法を、アナロジーではなくゼロベースで再構築すると、自ずとユニークなアプローチになってしまう気がします。人間、すべてをゼロから考えているとキリがないのは間違いないのですが、ブレイクスルーをもたらすためには、やはりどこかで、合理的に、かつ、ゼロベースで考え直す必要があるんじゃないでしょうか。海外の先行事例やメトリクスを参考にして国内で事業を立ち上げるということをやってしまうと、出発の瞬間からユニークネスなど存在しないですよね。
野本:富岡さんとは前職時代からの付き合いですが、昔からゼロベース思考、第一原理思考を徹底していて、一般論とか汎用化されたセオリーが大嫌いですよね(笑)。今後事業面において強化するポイントはどのあたりなのでしょうか。
富岡:国内コンビニでのデプロイの推進と、海外マーケットへの導入にリソースを投入していきます。特に意識しているのは一番オートメーションの需要が強いにもかかわらず、いわゆる小売や、物流など、工場の外でロボットが全然動いていないアメリカです。アメリカの街中でロボット、あまり見ないですよね。
野本:自動運転系はかなり進んでいる印象ですが、アームを持つロボットは見かけないですね。
富岡:まさに、自動運転や公道でモノをデリバリーするロボットはちらほら出てきていますけど、基本的にアメリカは元々ロボットが人の仕事を奪うということに対してものすごくセンシティブな風潮です。とはいえ労働市場における人材供給はタイトなので、許容されてきているのが今だと思います。だからこそ、このタイミングでやるべきなんです。
野本:入り込む余地は十分にありそうですね。国内コンビニ向けの事業も軌道にのっていて、組織も拡大していくことになると思いますが、今後組織に招きたい人材のバックグラウンドや属性についてどんなことをお考えですか。
富岡:ロボットにまつわるビジネス経験の有無を問われるかもしれませんが、なくてよいと思っています。既存のビジネスサイドやオペレーションのメンバーも、皆ロボットにまつわる経験がなかった人たちです。
では何ができてほしいかというと、先ほど野本さんが言った通り、ゼロから合理的に思考できるか、第一原理思考ができるかどうかが重要。そして、その上ですぐ実行・行動できるかというのが重要だと思っています。
野本:TX社は、「実行」や「やりきり力」のカルチャーが強い会社ですよね。
富岡:ロボットでビジネスをするということは、本質的にはインフラの会社であり、オペレーションの会社であるということだと思っています。日々オペレーションを回し、課題を潰して、評価関数の最適化問題を解くということ。ある意味航空会社などと似た面があるかもしれません。ではそこができて、かつ新しいマーケットを今後開拓していく中で必要な人材となると、0→1思考ができるか?が重要になってくるんです。アナロジーではなく、1から変数を踏まえて、何が最適かを自分の頭で考えられる人が必要だと思っています。
野本:評価関数が定まったあとの事業で、それをずっと最適化してきた人には厳しい環境かもしれませんが、それだけまだTX社もチャレンジフェーズだということですね。今後の中長期の話についても教えてもらっていいですか?
富岡:3年後までは明確な事業計画とマイルストーンを置いていますが、3年後以降については、さまざまなアイデアはありますが、細かい事業計画は作っていません。3年後から8年後という時間軸は一番不確定性が高いからです。ただ、最終的には人間が担っている単純労働というものを可能な限りロボットが代替していき、そしてそのロボットの所有権を民主化していくというのはブレない目標というのは変わりません。我々はスタートアップであり、環境も劇的に変化していくので、そこにどう至るかというのは一定unknownな話です。
富岡:だいぶマニアックな話が多かったですね。
野本:この会話をエンジョイできる方は、かなりTXにカルチャーフィットしている方ということで、ぜひTXへのジョインも検討していただきたいですね。なにはともあれ、本日は貴重なお話をありがとうございました。